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ツイートされなかった言葉たち #2

「人生の楽しみは馬の背の上、本の中、そして女の腕の中」
――アラブに伝わっているらしい歌


「"人生を楽しむ"ってどうやるんだろう」
――ふと湧き出した悲鳴



 静けさの染み込む非常階段に座ったままで、兄のことを思い出した。兄は山奥に庵を構えて間もなく死んだ。衰弱死と聞いた。いったい兄は昔から優しい人で、本当は余っていないのに「余ったからやる」と私におはじきをくれた。兄は体が強かった。体の弱い私に、その代わりとでもいうかのようになんでもくれた。

 それで今度はとうとう命をくれた。実際、兄が死んでからというもの私の体調はすこぶる良い。兄は実業界での出世競争に敗れ、かねてより心酔していた鴨長明を真似て山中の人となった。人より上だとか下だとか、立場を気にして生きるのに疲れたらしい。虫に刺されてもいい、コンビニがなくてもいい。自然と一体化できればそれで足りるのだ、と兄は語った。そうして死んだ。あの強靭な肉体をもった兄が衰弱死とは何事だろう。

 とはいえ本当のところは私が寝入りの兄の胸に出刃包丁を突き立てて殺したのだから、衰弱死などでは無論なかった。「衰弱死と聞いた」? 誰から聞いたのか思い出せない。山に住んで兄の世話をしてくれたあの甚兵衛から聞いたのかもしれない。衰弱死とはまたけったいな、と私は甚兵衛に言ったのを覚えている。

 包丁を何度突き立てたかは正確に覚えている。百八回だ。たったの五十六回くらいで、すでに元がなんだったのか分からぬ肉片になり果てていた兄を、それでもあと五十二回残っているからと私は義務的に殺し続けた。元来が真面目な性質なのだ。殺し続けながら、私よりも先に鴨長明の真似をするなら死なねばならない、と思っていた。それも鮮やかに覚えている。兄に鴨長明の素晴らしさを教えたのは私であったからだ。



眼球と大脳新皮質をブルジョワジーへの憎しみが覆っているような天気だから散歩へ出かけた。よく知っている番号から電話が来たから無視した。日本の音楽は死んでいるから紅白を観た。半年後の就職面接のために背筋をピンと伸ばしながらエナジードリンクで歯を磨いた。

あなたを独り占めしたかったからなんとなく泣かせたくて泣かせた。今日友達としゃべったとき対人的ガンランサー時空を生成できずじまいで悔しかったのでここじゃないどこかを諦めてここで早く死んで骨や灰になろうと思った。



何者かになりたいだとか思った時点で
きっと何者にもなれやしないって知っていた



だいがく‐せい【大学生】〘名〙
大学の学生。
社会人を指しては「大人」と呼ぶ者。
また、小学生を指しては「子ども」と呼ぶ者。
あまねく境界線上をうろつくごろつき。
目の前にいる相手の成熟度合いによってどちらにもなれる、
おぞましい半端者。



……とそんな訳で、早稲田大学へと向かって居る。
頗る暑い日差の照り付る中、片付べき物質上の問題が多く在る中、
単位も何も関係せぬ早稲田くんだり迄潜りに行く私を
どうか酔狂だと云って呉れるな。
(二〇一八年 六月 或る学生の手記より)





編者あとがき:
「ツイートされなかった言葉たち」は、ただただ僕の精神を救済するためのコーナーです。それ以上でもそれ以下でもありません。詳しくは「ツイートされなかった言葉たち #1」のあとがきをどうぞ。

なぜか疲れているので今回はもう切り上げます。

次回もよろしくお願いいたします。



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