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「甘くみんなよ!永遠のテーマを」

恋愛ごとで悩む、ということを軽く見がちだ。

他人を直接バカにしたことはないけれど。主に自分に対して。もしくは悩んでいる人を見て、心の中で「お気楽なものね」と。

そりゃ恋で悩むよりは、国の未来を憂いているほうが偉く見える。恋に溺れて社会的な立場を捨てる人は、世間に笑われる。

その一方で、人間が動物である以上、人を恋しく思う気持ちは最も根源的なものだとも思う。

それを甘く見てしまいたくなるのは、きっと自分のなかにもある同種の弱さを掻き消そうとするからだ。

ひとつ、好きなエピソードがある。ダンテが『神曲』をトスカーナ語で書いたのは、すでに他の男の妻となっていたベアトリーチェに読んでもらいたかったから、という話。

18世紀前半くらいまでは詩人でも哲学者でも、学問的なことをやるときの「公の言語」はラテン語と決まっていた。

にもかかわらず、ダンテにはそんなことはどうでもよかった。惚れた女性に読んでほしい一心で、彼はトスカーナ語という「日常語」を選んだ。

結果、『神曲』はイタリアで広く読まれ、トスカーナ語は現代イタリア語の基盤となった。大げさな言い方をすると、ダンテの恋がイタリア語を形作ったともいえる。

大なり小なり、この星ではこんなことが繰り返されてきたのだろう。

あの人にちょっと良い格好がしたくて頑張る。褒めてもらいたくて頑張る。好きになってほしくて頑張る。

千年どころじゃない。我々にとって永遠のテーマを、どうも甘く見ちゃいけないみたいだ。

次の千年の恋人達に ただひとつ真実を残そう
ジョンがみつけたシンプルなこと
それは「愛とは―愛されたいと願うこと」


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