しま
夫がくも膜下出血になった日々のことを記録しています。 回復した夫へ。大きくなった子供たちへ。
コロナで面会が出来なかった誕生日。 夫は43歳になった。 面会が再開されたので子供ふたりを連れて会いに行った 車椅子に乗せられて看護師さんに連れられて来た夫は、長男の顔を見るとぱっと笑顔になり、そしてすぐ泣きそうな表情をして両手で目をおおうしぐさをした。 看護師さんが、そっと、「気持ちが抑えられなくなるようでしたら、声をかけてくださいね」と言った。 はじめは意味がわからなかったけれど、夫の感情が高まって大きな声を出したりするのでは、と思ったのだと、わかった。 本来、面
前に行ったのは2/27だったから、2週間以上時間が経った 400mlコーラ2本 飲むヨーグルト チョコチップクッキー ハッピーターン あとは忘れた 行くと、食堂でテレビを見ていた。 坊主頭になっている。 出張美容師が3600円でカットしてくれたものだ。 買ってきたよーとお菓子を入れた袋を見せると、 何かを探すように手を突っ込んできた。(昔の本人なら絶対にしないこと。) 何が欲しかった?お茶?ときくと、 おちゃじゃなくて、(甘い?)あまくない、 えーと、スマートフォン
生活に追われて立ち止まる時間もない。 通勤や何かの用事があって1人で歩いているときだけが自分の心と向き合っている時間になっている。 その時間は、いつも泣いている。 何かきっかけがあるわけではない。 心がしーーーーんと静かになって、ただただ涙を流している。心の中で。 何も考えていない。 無表情で、目線は、足元。 私はいま泣いているな、と思う。 悲しみと向き合っている時間だ。 どんな悲しみなのかを考えると、 これまでの暮らしが2度と出来ないことに尽きる。 父と母と小さい
長男を初めて連れて行った てつだよ、わかるー?と気軽に声をかけると ゆっくり目を開けて て、てつ てつ と、めを見開いた 驚いた様子だった 左手で顔をおおって、うーん、でもえーんでもない声で う う う と泣いた わかる、 ちくしょう う う う と泣いている姿を見て子供は 怖くなってしまって私の後ろに隠れてしまった 彼が泣くのを初めて見た。 絶望を感じ始めているのだろうか 絶望していたとしたら その深さは私にはとうてい計り知れない、深さだろう だけど あな
彼が大きな声で泣いているので、お電話口から声をかけていただけませんか?と リハビリテーション病院から電話。 うぉーん、おん と泣いている 私だよ、わかる?リハビリ頑張ってね、長女も長男も応援してるよ わか、わかる う う う と泣き声 明日行くからね、待っててね まっ て て え 看護師さんによると 寂しそうなので会いにきてください、ただ会うと泣いてしまうかもしれないけど、これを乗り越えたらリハビリが頑張れるかもしれないので とのことだった 電話は 彼が倒れ
夫の借金の記録
義理の父から簡易書留が送られてきた。 中には 総支払い残高 110万円の督促ハガキ(発行日10/13) 手紙には 住所変更ができませんでした。 こちらは借金記録のA 義父の家は車で20分程度。 なぜ私の家のポストに直接入れなかったか。 我々が受け取ったことを記録に残したかった意味を考える。 裁判で困らないように?
小雨かと思ったら本降り。 病院を出る頃には風もでて、青いスカート全体がしっとりしてしまった。 NHKのアプリによると、長女が学童に向かう時間が雨のピークらしい。 ピークを超えると晴れるようなので学校側は配慮してくれるかなあと、さっき会ったばかりの夫のことなど忘れて長女と天気のことを思った。 気持ちに余裕が出てきたのもあるが、夫よりも子供たちが優先だ。 この順位はどんなことがあっても一生変わらない。 今日は仕事で出かけるついでに、お昼時間を利用して病院に来た。 自由に動けて
朝から雨。 雨の運転は不安だが高速道路は車が少なくホッとした。 肌寒い日なのに子供は上着を着てくれない。 自分の運転で病院に行くのはたぶんこれで4回目。 少し緊張するものの慣れてきた。 発症から1週間。 人工呼吸器が取れ、自力呼吸できるようになっていた。 良くなっているね。若いからね。 家族と話していた。 本人は眠ったまま。 先生と会うのは術後以来。 経過を聞いた。 メモ ーーー 目は開けるが理解はできていない 右手と両足のマヒ 強そう 左はんきゅう 大きいのうこう
8日ぶりの面会。 昼過ぎに仕事を切り上げて病院に行く。 カーテンの隙間から覗くと、私を見て、微笑んだ。 先週と反応がずいぶん違う。 来たよ!どう?と話しかけると、 「て ん て き」 「と も だ ち」 とゆっくり、喉から絞り出すように口にして、もどかしそうに左手で頭を掻いた。 長女、誕生日だったよ 「た ん じょ う び」 と噛み締めるように言い、ハッピーバースデーの動画を見せると微笑む。 ハロウィンでの2人のコスチュームを見せると、じっと見て微笑んだ。 これまで
義父の車で病院に向かうことになった。 比較的、病院の近くに住んでいる姉に、いまの状況と夜、子供を預かってもらうかもしれない旨を伝えた。 考える暇なく、夫が倒れた現場の人から電話。 荷物を取りに来て欲しい、と。 (とても親切な方で、最善を尽くしていただき、姉夫婦の協力のもと、翌早朝に、荷物は無事我が家に届いた) くも膜下出血。 先生は、再発したら命の危険がある、と言っていた。 亡くなるかもしれない。 まさか自分の夫がこんなことになるなんて。 我が身にこんな不幸がふりかかる
長女の誕生日から急に気温が下がってきた。 長女からリクエストされた誕生日プレゼントはすみっコぐらしのタブレット。 母から薄紫色のダウンを。 さっそく次の日からダウンを着て出かける。 気温が下がると気分が落ち込んでくる。 こういうときは、普段考えないようにしている、父親不在の子供たちの不憫さをつい考えてしまう。 子供たちのこれからの人生で起きるはずだった、家族4人の楽しい暮らしを、この小さな子供たちは経験することができないのだ、と。 去年は初めてのディズニーランドに行った
夫が倒れてから2週間と少し。 義父、義姉と初めての家族会議の大きな議題は、子供たちの送り迎えの協力のお願いだった。 言葉で伝えてもよくわからないだろうと、A4の紙に私の生活パターンの時刻表を大きな文字で書いて準備した。 この時間にお願いしたいのです、と。 家族会議の結果は、 「ファミリーサポートを頼んでください。私たちも生きていかなければならないので、お手伝いできません。」 と、義姉の夫が言った。 夫の父は、夫の母である妻の介護のため子供の送迎が出来ないとのことだった。
もう何回目の面会となるか。 10/8からの記憶が曖昧なのでうまく数えられない。 病院の面会時間は11:00-16:00まで。 前回同様15:59に病棟に着くと、 「いちを、書いておきますね」と受付の方が 面会時間は15:59〜16:00と書いたカードを渡してくれる。 前回怒られなかったので16時までに行けばいいと勝手に解釈してしまっている。 面会時間の15分間居座らせてもらう。 家が遠いこと、小さい子供がいることを看護師さん含めみなさんが知っているので 私に優しく配慮して
この日夫は仕事だった。 保育園の子と小学生低学年の子どもと私だけで過ごす日。 近くの公園にいったものの、 急に寒くなった日で、長袖Tシャツ1枚の子供たちは小さな毛布を身体に巻き付けてあそぶほどだった。 早めにお昼を済ませて、車で帰宅中。 いつも通り下の子が眠ったのでぐるりとドライブ。 16時ごろ帰宅してビールを飲み始めていた時だった。 夫の携帯から電話がかかってきた。 車で帰宅し始める時間だと思ったので、事故でも起こしたかな、と嫌な予感があったように思う。 病院の執