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【小説】同じ空の保田(やすだ)さん 8

  すべてはご縁によるもの、と言える。けれど、その中でも特に大切にしたいものがある。
 繋がり方は似たようなものなのに、ご縁がありますね、とお互い笑いながらそう言って終わってしまうこともあれば、その繋がりをこのうえない奇跡のように感じてしまうこともある。

 ご縁の相手に好意を抱いているならば、その繋がりに、願いのようなものを託してしまうのかもしれない。






 土日祝日、会社全体の休日、そして自分の有給休暇を合わせると今年は10連休になる。
 4月1日の異動以来連日の激務で心底疲れきっていたわたしは、迷わず有休を取ることにした。
 仕事は溜まっていたけれど、うんざりしながら連休の谷間に出勤したところで仕事はたいしてはかどらない。
 滞度合いはきっと変わらない。

 子供の頃のゴールデンウィークといえば、『 浜松まつり 』。
 中学生になるまで、2年に一度は静岡の清水にある祖父母の家に家族で泊まり、そこからわたしの伯父が住んでいる同じ静岡の浜松の名物『浜松まつり』に親戚一同で遊びに行っていた。

 社会人になってからは、仕事疲れをとるために、とにかく連休前半は存分に寝倒す。そして、家の掃除をしてから、わたしの長年の推し芸能人・とぴ君関係のドラマやライブのDVDを摂取したり、友達と会ったりするのが恒例の過ごし方となった。


 でも、30代の半ば頃からは、ほとんどの友達は結婚をして家庭優先が当たり前に。
 さらには、約2年前に始まった忌まわしい流行り病のせいで、友達に会うというプランはほぼ失われてしまった。

 とはいえ、わたしはもともと一人で過ごすのも大好き。
 むしろ魂が解放されて、本当のわたしがのびのびと生き返る。
 友達と会わなくなったら、むしろわざわざ約束して会う方がちょっと面倒にさえ感じる。


 今年の連休も、わたしの気分を優先してマイペースで過ごすつもりでいた。


***


「 …………で、その人がですね、実は、めっっっちゃめちゃ近所に住んでて、うちから歩いて5分くらいの所なんですよ! 」

「 え?そうなんですか!
へぇ~、それはすごい奇遇ですねぇ!

………じゃあ、肩の方をほぐしていきますね 」


 連休残りは、金曜日の今日と明日明後日の土日を残すのみとなった日の午後。

もう10年近く通っている青砥あおと駅前の整体院で、わたしは施術を受けている約120分の間、ずっと整体の先生に保田やすださんの話をしまくっていた。

 ここは、よくあるチェーンのリラクゼーション店舗ではなく、先生個人が経営しているお店。

 予約制で、他のお客さんに会うことなく先生と1対1で施術が受けられる。
 他の人のスペースとはカーテンで仕切られているのみで話し声が気になってしまう、というチェーンの店舗にありがちなことは起こらない。

 さらに、一応60分コースと90分コースがあるけれど、先生はお客さんの身体の調子と必要な施術を臨機応変に考え、時にはコースの設定時間よりも実際には時間をオーバーしてでも必要と思われることをきちんとしてくれる。
 そんなところが気に入って、初めて訪れて以来シーズンに最低一度は利用している。

 この整体の先生がまたイイ人で、歳が近くてとにかく話が合う。

 しかも、先生の奥様のご実家が、わたしの父方の祖父の家と同じ町という偶然もあった。

 その町は、観光地でもないし名産品も特にはない。普段はそんなに名前を耳にすることはない千葉県内のマニアックな場所だったので、このことがわかった時o不思議なご縁ですね~!」とお互いに驚いたものだ。

 先生は、こちらが話しやすい雰囲気を作ってくれるので、施術中わたしは聞いてほしいことをべらべら喋る。
 友達でも家族でも職場の人でもないというところが、何一つ遠慮する必要がなくて、わたしの思っていることを素直にするすると口にすることができた。
 何となく、隠し事することなくどんな話も全部聞いてほしくなってしまう、そんな人なのだ。

 わたしの人生の推し芸能人・とぴ君のことも、毎回わたしが盛大に語って、先生は楽しんで聞いてくれていた。
 先生も自分の悩みを軽く話してくれたりするので、長年通ううちに本当にお互いの身の上や趣味、好みを何となく知り合う仲になっていた。
 先生の方は、あくまで接客の延長だろうけれど。

 施術を受けながら、毎回好きなだけ喋ってストレス発散させていただく。
 地元で心身ともにスッキリできる整体に出会えて、本当によかったと思う。


***


「 ……はい、今度は仰向けになってください。

 ……じゃ、この連休中、その人にこの辺りで偶然会うかもしれませんね 」 

「 そうなんですよ~!
今のところ、幸か不幸か遭遇してませんけどね。
ちょっと、その辺のコンビニに行くだけでも、お洒落するわけじゃないけど一応それなりの格好に着替えたり、うっすく化粧してますよ~。
昨日も、青砥のイオンあるじゃないですか?そこに行ったんですけど、家族連れを見たら警戒したりして」

「あ、だからなんですね!
今日の紫葉しばさん、いつもより、こう言ったら失礼かもだけどちゃんとした格好でここに来ましたよね?
連休だしどこかお出かけの帰りなのかな?って思ってたんですよ」



 先生の奥様のご実家とわたしの父方祖父の家の偶然のご縁、の上を行くのが、保田さんだ。

 彼の実家とわたしが幼少期に過ごした祖母の家が近所で、彼の入社時配属された支社に実はわたしも同じ頃勤務していて、そして今は毎日一緒に仕事しつつ、お互いの自宅が推定徒歩5分圏内。

 同じ職場の、あの不思議で愉快で超わたし好みの声を隠し持つ人が、本当にその辺に住んでいる。

 そう思うと、くすぐったいような気まずいような気分で、休日の彼にばったり逢ってみたいような。
 しかし、そうかといっても、こちらの決してオシャレとは言えない休日のすっぴんとオバサンスタイルなんて絶対に見られたくもなかった。

 本当に会ってしまった時に後悔のないように、かといってしっかりメイクするのも馬鹿みたいなので、近所のコンビニに行く程度でもほどほどに身なりを整えていたわたしだった。

 とぴ君の情報より、保田さんのことを先生に聞いてほしくて、話しながら保田さんと話していた時の事を思い出しながら可笑しくなって、わたしはずっと楽しい気持ちで先生のお店にいた。


「 …紫葉さん、すごく楽しそうですね 」

 手を動かしながら、さらりと整体の先生がそう言った。

「 え?そうですか?
でも、その人、話すたびに、飛び道具使ってくるみたいに毎回ネタになることを喋ったりするので……まあ、楽しいかな。仕事は嫌ですねどね 」

「 同じ職場で、しかも近所の人がそんな方で良かったじゃないですか。
これがもしも嫌な人だったら、職場でも家にいても嫌な気分になっちゃうかもしれませんよ?」

 そう言われてみれば、そうに違いない。

「 ……紫葉さん、今日、とぴ君の話を全然してませんよね? 」

「 ……そうですね、してませんね 」

「 いつもは絶対とぴ君の情報を何か僕に話すのに。
…………それだけ、その人のことを気に入ってるんですね 」

 先生は、わたしの心の奥底をくすぐるようにふわっとつぶやいた。


『 気に入る 』

 そう、それは、このうえなく正しい表現だ。

「 …………もしかして、
…………好きなんですか?その人のこと」

 施術の動きを止めることなく、決して重たくない口調で先生はそう質問してきた。
 でも、そのニュアンスは、恋愛の『 好き 』をはっきりと示している。

「 ………いや、好きって……
そういうんじゃなくて、人としては好きですけど。
……さっき、その人に家族がいるってわたし話しましたよね? 」

「 そうでしたね。でも、もし、彼が独身だったら? 」

「 もしも何も…………
今、既に独身じゃないですから……… 」

「 ………………そうですよね。

はい、じゃあ最後、ゆっくり起きてください 」

 言われるままに身体を起こすと、先生がわたしの肩と背中を軽く叩いてから、わたしの背中のリンパを流すようにさする。
 施術は終了のサインだ。

「 ………はい、以上になります。
お疲れ様でした。お着がえなさってください 」

 先生の言葉で、わたしは施術用のベッドから立ち上がった。
 そして、着替え用の狭い個室に入り、施術用のウェアから自分の服に着がえて、再び先生のいる部屋へ戻った。

 お会計の最中で、先生が私に話しかける。

「 ……なんか、変なこと聞いちゃってすみません。でも…… 」

「 でも? 」

「 あんなふうに話す紫葉さん、僕、初めて見たので。
こう言ったらアレですけど……女子中学生とか女子高生が好きな男の子の話を友達に嬉しそうにしてる感じ、みたいな 」

 先生の黒ぶちの眼鏡の向こうのリスのように親しみのある可愛い瞳が、真面目な視線を真っ直ぐわたしに向けていた。
 今のが、先生の正直な感想なのだろう。


 わたしはただ、保田さんのことを話すのが楽しいと思っていたのに。
 この先生に話をしやすいから、話してたのに。

 ────── そんなふうに見える、とは。


 わたしが言葉を返す前に、次の予約時間のお客さんがお店のドアのベルを鳴らした。
 わたしは、じゃあまた来ます、とそそくさとお店を後にすることになった。



 帰り道の夕焼け空が綺麗だった。


 …………この同じ空の下で、わたしも保田さんも、この街で暮らしている。

 あらためてそう思うと、今まで暮らしてきたこの街が、少しだけ違うものに見える気がした。


 そんなことをぼんやり思いながら、自転車を漕ぎ始めた。


 ……進行方向の、10メートルくらい先。


 会社でよく見かけるYシャツ姿の保田さんが、彼の出社や退社の時よく見かける青いリュックサックを背負って、足早に駅前の雑踏を歩いている。


 わたしは自転車を反射的に止めた。

 彼は、そのまま視界から消えて行った。


 わずか、たった5秒くらいの出来事。


 ───── 今日は、金曜日。
 わたしは有休を取ったけど、彼は出社していた。
 そして、定時で退勤すれば、青砥に着くのは今くらいの時刻になる。

 だから、Yシャツ姿の保田さんが青砥の駅から彼の自宅の方角へ歩いて行くことに、何も不思議はない。

 ────── 不思議なことは何一つないけれど、何とも言いようのない不思議な光景だった。


 『 彼に会った 』というよりも『 彼を目撃した 』という表現がふさわしい。
 会えて嬉しいというよりも『 本当にここに住んでいるのか…… 』と事実確認したという感覚だ。


 同じ街に住んでいることを思うと、くすぐったいような気まずいような気分だったのが、実際に保田さんを目撃したら、この街にいるのがどうしてよりによって保田さんなのか、と不思議で不思議で堪らない気持ちになった。


 整体の先生の言うとおり、職場のイヤな人を自宅付近で見かけるよりは断然いい。
 でも、なにも『 気に入った 』人じゃなくてもいいじゃないの。

 うちの会社は、全国に支社があるくらいそれなりに社員が多い。
 それなのに、同じ街にいるのが、どうして会社でいつも隣にいる保田さんなんだろう?

 ………もしも独身同士で出会っていたら、わたしはどんな感情になったのだろう。

 自転車で彼の後を追い声をかけて、夜ご飯はどうするんですか?よかったらどこかのお店でも行きませんか?なんて声をかけたりしたのだろうか。

 とりあえず、今はそんな行動には当然出られるはずがないけれど、

……………彼は、長年目にしてきた何気ない地元の景色を、一瞬で不思議なドラマに変えた人に違いなかった。





つづく。

#創作大賞2023

(約4700文字)

※地名などは実在の場所に由来しますが、物語とは一切関係がありません。

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