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歯科と理美容の意外な関係 ―床屋床屋外科からの歴史から多職種連携の未来まで【⑬Another view 医療システムの過去・未来・海外】

 こんにちは。歯科医院経営・総合情報誌『アポロニア21』編集長の水谷惟紗久です。
 本コラム「Another Viewー医療システムの過去・未来・海外」は、「どの国の医療制度が良いのか?」「歯科と医科はなぜ分かれているのか?」など、医療とお金にまつわる疑問を世紀からの歴史的背景からひも解いていきます。

このシリーズの3回目で、「なぜ、世界中で歯科は医科と別扱いなのか?」という疑問について考えてみました。

はっきりとした答えはいまだにないのですが、もともと歯科は理美容と近い業態で、そのことが、現在まで、医療の中での歯科を特徴づけているのではないか、と考えられます。
 

1. 歯科と理美容は産業構造が似ている


私が歯科業界に身を置くようになった頃(1990年代終わり)、以下の理由などから、「歯科の産業構造は、病院よりも理美容に近い」と言われていました。


 ① 治療椅子(ユニット)単位に収益の計算を行っていた
 ② スタッフ(勤務医、歯科衛生士)の給与も、ユニット1台当たりの売上(医業収入)の何パーセントか、という歩合制になっていた


②の「歩合制」は、病院や医科クリニックにはない発想で、理美容のお店と同じ給与体系になっていることが伺えます。

さらに、20世紀の歯科では勤務医のことを、院長の代わりに診療する「代診」と呼ぶのが一般的でした。

「本来、院長(店長)が担当すべき患者(お客)を、見習いに割り振っている」という考え方が背景にあるもので、見習いをスタッフとして雇用しつつ技術を教えることが一般的な理美容のお店と同じ発想です。

「最初は、院長から配当された患者さんだけを診ていた新人ドクターが、やがて自分の患者さんを開拓し始め、そこから自費診療もできるようになれば独立していく」という出世コースがどの歯科医院でも見られました。

現在では、大型歯科医院や分院展開の法人に長期間勤務して、独立開業を考えない若手歯科医師も増えてきたため、今後は、歯科の産業構造も変わっていくのかもしれません。

2. 「都心」から「郊外回帰」へ


産業構造の変化ということから言えば、理美容業界が歯科業界に先立っている面もあります。

10年ほど前、理美容用のチェアも歯科医院用のユニットも製造、販売している大手メーカーの営業マンから「美容院では、都心のブランド店の集客が難しくなっている。団塊の世代が退職して、わざわざ都心まで出かけないで地元の小規模店に行くようになったから」と話してくれました。

当時、お客様とスタッフがゆっくりお話しできるよう配慮されたチェアが人気で、これらを購入するのは主として郊外にある「街の床屋さん」だったそうです。

その後、コロナ禍で歯科でも郊外回帰が顕著となりました。

ちなみに、日本では歯みがき粉や歯ブラシ、洗口液などの物品販売が歯科医院に認められています。

受付で患者さんにお勧めの歯みがき粉などを売るのも、美容院でシャンプーを勧めるのと同じようなものかもしれません。

3. 歴史的にも近い「歯科」と「理美容」


歯科と理美容が近い存在、というのには歴史的な背景があります。

18世紀、イギリス各地で出された新聞広告や、各都市の各種職業者の連絡先をまとめた「商工人名録(Directory)」を見ると、歯科医師が瀉血屋、かつら屋などを兼業しているケースが多かったのですが、これには以下のような、2つの理由があります。


① 専門性が確立された職業以外は、他の仕事との兼業が当たり前だった
  ➡デンティストは18世紀後半にフランスから伝来した新しい職業で、専門職として確立されていなかった

② 18世紀半ばまで、歯抜き師と呼ばれた職業者が、歯科医師に移っていった
  ➡床屋と外科医が明確に分かれた後も、抜歯だけは床屋に認められた外科処置だった


同じ地域の商工人名録の変化を追跡すると、歯抜き師だった人が歯科医師を名乗るようになったり、抜歯と入れ歯の技術の両方を提供できる、より洗練された「歯の治療師」から歯科医師に転身する人がいたりして、1780年頃を境に歯科医師という職業人が確立していったことが伺えます(上図)。

18世紀の「都会の歯抜き師」という絵と、「ロンドンのデンティスト」という絵を見比べると、左右が違うだけでほぼ同じ図柄です。ここから、当時の人々にとって「歯抜き師」と「歯科医師」は、ほぼ同じ仕事だと認識されていたことが伺えます。

「都会の歯抜き師」
Bishop, M.G.H., Gelbier, S. and Gibbons, D.,‘Ethics-Dentistry and Tooth‐Drawing in the Late Eighteenth and Early Nineteenth Centuries in England. Evidence of Provision at All Levels of Society', British Dental Journal, 191(10),2001.
「ロンドンのデンティスト」
Blackwell, Mark,‘ Extraneous Bodies: The Contagion of Live Tooth Transplantation in Eighteenth Century England', Eighteenth Century Life, 28, 2004.

今でも、欧米の歯科医師は日本の歯科医師より抜歯適応の判断が早く、「まだ健康な歯も、早めに抜いてインプラントに」という傾向がありますが、これも「歯抜き師」だった頃からの伝統なのでしょうか。

一方、イギリスで床屋と外科医の同業者組合が合併(1540年)して床屋外科医が活動していたものを、1745年に分離。その後、近代外科技術の発展につながったとされています。

その間、床屋外科医が抜歯、スケーリング、ホワイトニングなどを行っており、外科医と床屋の分離後も、抜歯は床屋も行うことができました(*)。

つまり、抜歯は床屋に認められていた数少ない外科処置だったということです。

「歯抜き師」と、そこから派生した歯科医師が、かつら屋など、理美容に関連する仕事を兼業するのは、不思議なことではないのです。

 歯科医療と理美容が、産業構造においても、歴史的にも、意外なほど近い存在なのは、互いのアイデアを共有できる、ということでもあります。他業種から教えられることも多いかもしれませんね。
 
(*)A.S.Hargreaves, White as Whales Bone-Dental Services in Early Modern England, Northern Universities Press, 1998.
 



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この記事を書いた人
水谷惟紗久(MIZUTANI Isaku) 
Japan Dental News Press Co., Ltd.

歯科医院経営総合情報誌『アポロニア21』編集長
1969年生まれ。早稲田大学第一文学部卒、慶応義塾大学大学院文学研究科修士課程修了。
社団法人北里研究所研究員(医史学研究部)を経て現職。国内外1000カ所以上の歯科医療現場を取材。勤務の傍ら、「医療経済」などについて研究するため、早大大学院社会科学研究科修士課程修了。
2017年から、大阪歯科大学客員教授として「国際医療保健論」の講義を担当。
 趣味は、古いフィルムカメラでの写真撮影。2018年に下咽頭がんの手術により声を失うも、電気喉頭(EL)を使って取材、講義を今まで通りこなしている。
★電気喉頭を使って会話してます ⇒ ⇒ ⇒(ユーチューブ動画)

【主な著書】
『18世紀イギリスのデンティスト』(日本歯科新聞社、2010年)、『歯科医療のシステムと経済』(共著、日本歯科新聞社、2020年)、『医学史事典』(共著、日本医史学会編、丸善出版、2022年)など。10年以上にわたり、『医療経営白書』(日本医療企画)の歯科編を担当。

【所属学会】 日本医史学会、日本国際保健医療学会

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