砂塵の影

 赤砂街は不穏な緊張感に包まれていた。大通りに見えるのは二つの人影のみ。かたや黒いローブ姿で、目元以外を隠した男。かたや砂煙舞い上がるこの地には一見似つかわしくない、燕尾服姿の壮年紳士である。

 ゴォン……鐘の重い音とともに、互いに一歩踏み出す。決闘の始まりだ。

 壮年紳士……バルアートはステッキとともに二歩めを踏み出し、耳を済ませる。普段は子供たちから『雷親父』も親しまれる彼も、いざこのような場に立てば『雷刃』の二つ名で知られる保安官にして高名な決闘者だ。うかうかと敵の動向を聞き逃すことなどしない。

 三歩目。流れの挑戦者、サスクの足音が聞こえる。足音、歩幅ともに異常なし。少なくとも『音無』セレや『遠歩き』グラテアのような姑息な戦術の使い手ではない。もっとも、バルアートが両者を返り討ちにした話は今でも街で語られている。それを知って彼らの二の轍を踏むほど愚かではないというだけだろう。

 四歩目。相手の呟きは聞こえない。詠唱で勝負をかけてくる相手ではない。バルアートはステッキを地に突き、歩を進める。

 五歩目。バルアートはサスクの攻め手の予測を終える。彼は無名の決闘者であり、街に素性を知る者はいなかった。だが、バルアートを殺して犯罪者内で名をあげようとする者などごまんといる。そのことごとくは返り討ちにあって死んだ。

 六歩目。ステッキを一際強く地に打ちつける。この時点で、バルアートは己の術を編み上げた。

 そして七歩目。彼は振り返り、ステッキで大きく円を描く。轟音が響いた。

 アッ、と建物に隠れた住人の声が響く。バルアートは目を見張った。防御結界に阻まれ、己の眼前に静止するは奇妙な形状の礫。まるで星のようだ。だが彼を驚かせたのはそれではない。

 サスクの姿がない。彼の放つ雷撃は空を切った。バルアートは頭上から己の死が迫っていることを直感した。

【続く】

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