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シカク運営振り返り記 第20回 シカク出版を始める その2(たけしげみゆき)

 『シカクの本』を発行してから、私は「自分の本ではなく、誰かの本を出版したい」という思いをふつふつ温めていた。
 前回書いた利益率を増やしたいという目的ももちろんある。でもそれだけじゃない。店の規模が大きくなるのに比例して少しずつ知人の輪が広がり、出版業界の実情を知るにつれて、「そんなんだったらもう、私がやった方がよくない??」と思うようになってきたのだ。

 シカクに本を置いてくれている作家さんから、こんな話を聞くことが時々あった。
「実はこの前、出版社の人から『本を作りませんか?』って連絡が来たんですよ」
「えー、すごいですね! 商業デビューですね! よっ、 先生!!」
「いやあ、まだわからないんですけどね」
 シカクに置いているような同人誌を作る人は99.9%が控えめなので、自慢げに言いふらしたりはしない。でも控えめなぶん、外に出さない情熱はすべて本に注いでいるし、その情熱を理解してくれる人が現れるとすごく喜ぶ。だからみんなちょっと照れたように、嬉しそうに、エヘヘと笑ってそんな話をしてくれるのだ。

 だけどそれから数ヶ月後、
「そういえば、本の話は進んでますか?」
「あー……あれね、ダメだったんですよ」
「え! ダメって、なんで?」
「企画会議で通らなかったみたいで。まあ、仕方ないですね」
 と、やはり控えめに、今度は悲しさまじりに笑う作家さん。そんな会話を繰り返すたび、私は内心で『ていうか企画会議ってなんなん?』と苛立ち気味に思っていた。

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 就職せずにそのまま勢いで店を始め、作家さんから直接本を仕入れるコンパクトな市場しか知らなかった私は、出版社がどうやって本を作っているのかほとんど知らなかった。だけど人から話を聞いたり、本を読んで勉強するうち、少しずつ本の舞台裏がわかってきた。
 本は、会社によって事情は異なるだろうが、おおむね以下のような流れで作られているらしい。

(1)編集者が企画を考える
(2)企画会議でプレゼンする
(3)会議に通ったら予算やスケジュールが決まる
(4)発売

 上記の作家さんの場合だと、
(1)編集者が企画を考え、オファーのメールを送って企画会議に出したものの
(2)会議で却下されてお蔵入りになった
ということだ。

 私は出版社に身を置いたことがないので、難しいことはわからない。それにここに書いた出版社の例に当てはまらない出版社ももちろんあると思う。なのでここから書くことは素人の世迷言くらいに思ってほしい。

 私は一般書籍が出版される流れを知った時、「そら出版不況になるわ」と思った。

 昨今の出版不況については説明不要だと思うが、それにも関わらず本の刊行点数はどんどん増えている。ベストセラーが出にくいため、1タイトルごとの発行部数を減らし、代わりにタイトル数を増やしてバランスを取っているのだ。
 刊行点数を増やすため、多くの場合企画会議には「1人何点以上の企画を用意すること」というノルマが用意されている。そうするとどうなるか。編集者はとにかく会議の数合わせのため、なんとか企画をこしらえようとする。これでは一点一点の企画に対する情熱や精度は下がるに決まっている。

 また企画会議では、ガン首揃えた偉い人が開口一番「この本売れるの?」と聞いてくる。それに対して編集者は、過去に他社の類似本が何冊売れたとか、この人はSNSでこれだけ人気とか、何かの賞を取ったとか、わかりやすい数字やデータを並べて「だから売れるはずです」と説得するのだ。逆に言うと、過去に類似本がない、またはあっても売れていなくて、SNSのフォロワーもそこまでおらず、賞を取っていない人の本は企画で弾かれるのだ。その結果割を食うのは、ぬか喜びした作家さんだ。

 そんな企画ノルマとか企画会議、必要なんだろうか。

 本というものは作者の技術、センス、価値観、人生そのものが手に取れる形にパッケージされたものだと思う。市場では金銭で売買され商品として扱われているけど、それは結果としてそうなっているだけだ。そして出版社の仕事は、今この世の中にない、だけど人々が求めているかもしれない未知の価値観や作品を見つけ、どうパッケージすればよりよいものになるかを考え、世に送り出すことのはずだ。未知のものが売れるかどうかなんて、作ってみるまでわかるはずがない。
 そんなに売れる確証が欲しいなら、本作りなんてとっとと辞めて間違いなく売れるものを別の世界で作ればいい。海外でめちゃくちゃ美味しいラーメンでも作ったら一発で売れるはずだ。

 ……と憤ってはみても、偉い人側の立場もわかる。作った本が売れなければ経営が傾くのだし、そうなると自分も部下も生活できなくなるのだから。
 そこまで考えた時、私は冒頭に書いた通り、こう思った。
「そんなんだったらもう、私がやった方がよくない??」

 私が自分で本を作って売るなら、もちろん企画会議はない。売れなかったら赤字にはなるけど、自分が読みたかった本を世に送り出せたのだから、まあ最悪赤字でも仕方ないやと諦めがつく。むしろ「赤字になってもいい!」と思えるような本だけを作ればいいのだ。


 とはいえ、生きていくにはお金がいる。できることなら赤字は避けたいし、黒字になればもっと嬉しい。私はどういう本を作りどう売れば満足でき、かつ黒字になるかを頭の片隅でずーっと考えていた。

 そんな思いを温め続け、ようやく実現できたのは2014年6月のことだった。

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