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シカク運営振り返り記 第27回 シカク出版、全国流通への道 その2(たけしげみゆき)

 大手出版社から本を横取りされないためにシカク出版を全国流通させると決めた直後、私はさっそく途方に暮れていた。取次とどうやったら契約できるのか、サッパリわからないのだ。
 「(大手取次会社名) 契約方法」などのワードで検索しても、まったく情報が出てこない。出てくるのは「書店を始めたいけどどうやって取次と契約したらいいかわからない」という、私と近い立場の人々のブログばかり。しかもそれらのブログを見ていると「多額の契約金がいる」「月の売上や仕入額が一定以上じゃないといけない」など悪夢のような情報もザクザク出てくる。
 それ以外に名前を聞いたことがあった比較的規模の小さい取次名で調べてみても「出版社募集!」みたいなウェルカム感を出しているところは一切ない。というか業界用語のオンパレードすぎて、サイトに何が書いてあるかすらほとんどわからない。
 書店業界というのはこんなに閉じられた世界なのかと、今更ながらに思い知った。

(注)現在ではこの頃に比べると個人・少人数の出版社がかなり増えているので、取次の契約ももっと開かれたものになっているかもしれない。


 どうしたもんかと悩んでいたある日、シカクに一人のお客さんがやって来た。「大福書林」という出版社の瀧さんだ。
 瀧さんは元々出版社で働いていたが、そこから独立して一人で大福書林をやっているという。そんな話を聞いているうちにふと尋ねてみた。

「ちなみに大福書林さんは取次ってどうしてるんですか?」
「うちは鍬谷書店さんというところに頼んでます」
「鍬谷書店……聞いたことないです」
「医学書が中心の取次なので、あんまり認知度はないんです。でもいい会社ですよ」

 瀧さんが帰ってからさっそく鍬谷書店のホームページを調べてみたら、90年代の香りがほんのり漂う、なんとも素朴なページが出てきた。そこに記載されていたメールアドレス宛に、瀧さんから紹介してもらった旨と契約したいけど出版社の勤務経験がないためやりかたがサッパリわからない旨を正直に送った。
 すると専務取締役の鍬谷さんからすぐに返信が来た。

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 結論から言うと、鍬谷書店との契約はものすごく簡単で、お金も一切かからず、審査も売上ノルマもなく、今まで見聞きしてきた話はなんだったのか拍子抜けするほどだった。
 しかも出版業界の専門用語やルールが一切わからず赤ちゃんレベルの質問を繰り返す私に、嫌がる気配を一切出さず丁寧に応じてくれ、手取り足取り必要なことを教えてくれた。

 さらに鍬谷さんは、
「東京に来られることはありますか? よければ一度ご挨拶をしたいです」
 と予想外の提案をしてくださった。びっくりしつつ取次のオフィスや倉庫がどんなものか見てみたい気持ちもあり、東京出張に合わせて会社見学をさせてもらうことにした。

 鍬谷書店はいい意味で上下関係があまりなく、おおらかでアットホームな雰囲気だった。というか実際に家族経営の会社だそうで、応接室で専務の鍬谷さんと話をしているときにひょっこり現れたおじいちゃんを「こちら社長で、僕の父です」と紹介されて驚いた。
 また倉庫を案内していただいているときに通りかかった社員さんと「こちら、この間話したシカクさん」「あ、シカクさん!僕も昔よくコミケに行ったりしてたんですよ~」という会話をしたり、私の担当となる方が取次・書店・出版社の全てで勤務経験があるという話を聞いたり、終始和やかな空気だった。大福書林の瀧さんもよく遊びに来るらしい。
 楽しい会社見学を終えてビルを後にする頃には、私はすっかり鍬谷書店ファンになっていた。

 また、鍬谷書店と契約をすることにより、これまた予想外の副産物が手に入った。出版社として本を卸すだけでなく、書店として本を仕入れる契約を結ぶこともできたのだ。
 鍬谷書店の取扱書籍は医学書が中心と聞いていたので、書店として契約を結ぶことは考えていなかった。だけど話を聞くと、「仲間卸」なる方法を使えば大手取次が扱っている商品も仕入れることができるのだという。(このあたりについては詳しくないので、気になる人は各自でお調べください)

 私は出版社として、そして書店として、両方の契約を結ぶことにした。
 それまでのシカクでは、新刊を扱いたいときは出版社に連絡を取って個別に対応してもらっていた。それがけっこう大変なので、新刊を扱うのは展示やイベント関係者の本を販売する時だけだった。だけどこれからは、もともと販売していたインディーズ出版物に加えて、普通の書店に並ぶ新刊も簡単に注文することができる。

 こうしてシカク出版の本は全国書店に流通され、シカクの店頭には他の出版社の新刊が並ぶようになった。
 次回はそれにより起こった変化や考えたことを、出版社と書店、両方の目線で書く。

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