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もしも人生が50年で終わるとしたら

だとしたらあと10年をどう生きるだろう、とふと考えた。

だけどこの設定には無理がある。

極端なことを言うと、あした人生が終わるとしたら、と考えるのと同じくらい無意味な設定だ。

なぜなら、人は皆、長生きすることを前提とした、保険をかけた生き方をしているからだ。
もしも人生があした終わる、あるいは1ヶ月先に終わると「確定」しているならば、人生プランは変更を余儀なくされるだろう。


しかし、だれもが「平均寿命程度には生きるであろう」前提で生きているこの世界においては、リスクを取った生き方をするのは難しい。

たとえば仕事。もし本当に50歳で人生が終わるとハッキリしているなら、私はいまの仕事を辞めるかもしれない。そして、わずかな退職金と貯金と、好きな古着屋さんのバイトなんかで食いつないでいくかもしれない。


だけど現実はどうだろう。固い収入源を捨ててまで、将来の年金やら退職金やらを捨ててまで、親の介護やら自身の病気やらに対応できる福利厚生を捨ててまで、転職できるだろうか。答えは否、である。


だけど、仕事以外の生き方についてはどうか。あと10年で終わる、という意識を抱くことはそれほど悪いことではないような気がする。 

あと10年で終わるなら、今オシャレを楽しみたい。今、恋愛を楽しみたい。チャンスは逃したくない。好きな人と好きな場所へ行きたい。できる限り親孝行をしたい。


ていうか、こんなこといったらなんだけど、たとえ人生が50年で終わらなかったとしても、オシャレや恋愛の楽しみはたぶんあと10年で賞味期限がくるだろう。

よく結婚適齢期はないが、妊娠適齢期はある、と言われるけれど、それと同じでたぶんオシャレの適齢期や恋愛の適齢期、というより【限界点】はある気がする。

もちろん、個々人の考え方や各々のポテンシャル、立場にもよるけど、40代までがそれらを楽しめる限界点な気がする。

いやいやとっくに限界点なんて過ぎている、と20代の女子は嘲笑うかもしれないし、70代80代でもオシャレで素敵な人はいますよ、という反論も沢山あることは承知の上で。

なにしろこれから更年期がやってくる。現実的な【老いが】やってくるのだ。

体型の崩れ、輪郭のたるみ、体力の低下…。それらを迎え撃つまでが、【女としての人生】な気がする。逆にいうと40代を可愛らしく乗り切れれば、後の中高年ライフもマインドだけは可愛らしくいけそうな気がするのだ。


とりあえず45まで、ほそぼそ頑張ろう。



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