知多るチタンの無防備性オリジン

「ご察し」とは今こそ使うべき言葉ではないのだろうか。そうである、時すでに遅し、鹿田は酔っ払いの防ぐべき一線を越えてしまった。しかし致し方ない理由も「ご察し」して欲しい、このご時世で今年はほんとに飲みに出かけることがなかったのである。そして手に入れてしまった知多(ほんとは白州で南アルプスの夏風を感じたかったのだけれど)。鹿田の知られるべくして知られつくした夏愛は天まで届き、今その神とは人の起源とはとう議題で崖の淵を奇跡的バランスで保ち歩いているラングドン君に綱渡りの中央で待ってもらっている始末だ。知っている方は「ご察し」ダン・ブラウンのラングドンシリーズである。ダヴィンチ・コード振りに読んだのがこの「オリジン」でただいま中巻の中章を読みふけっているところ、かなりキーポイントな情報も表出されてきて鹿田どきどきである。それで今日の更新時間が遅れてしまった鹿田の汚い言い訳を「ご察し」していただけただろうか。知多とオリジンだぞ、すごいだろ?

うーん、本能に任せれば任せるほど語りたかった本来のものとはかけ離れて勝手に暴走しがちであるのだがここまでくるともうどうにも止められそうにない。なんせ夏なのだ、鹿田には誰もかなわないのである。夏といえば鹿田、鹿田といえな夏という絶っても絶てない関係が鹿田と夏ちゃんの間にはあるのだ。あ、もう少しで終わるからそっ閉じしないで。

今回のシリーズのキーポイント。それは人とはどこからきて、どこへいくのか。永遠のテーマではなかろうか。どこからきてはまだしも、果たして我々はどこへ行くのであろうか。僕自身も考察に考察を重ねた遍歴がある。時にかなわぬということはそれは年々後ろから追いかけてくる。来世が欲しければ何かを信じ、または幸せの永続が欲しければ何かを信じる。ぼくはその後に続く永遠の無、がはじめはよかった。どうせ失われればこの渦巻く不安を一切考えなくて済むのだと…。…しかしその後に続くのは無の永遠なのだ。たしかに意識はない。しかし人間とは欲深い生き物、その後が気になるのである。もしその後を確認できるのが僕一人ではないのならね。だから、僕は幽霊が怖いのだ。しかし怖いのに信じる信じないでいえば半々で、矛盾するかもしれないができればいてほしいのである。なぜなら、幽霊がいるということは死後がとりあえず約束されるから。ねっ。

ぼくはそこに宗教の突っ込みどころが満載なのだと思っている。しかしまだオリジンは中盤。果たしてどんな結末が来るかは気になって仕方ないがネットで調べてしまうなんて安易なことはしたくない。自らも自問自答しながら一緒にその結末を迎えたいと思っている。

簡単なのだ。きっと簡単なのだ人や人生や挫折や問題なんて。しかしそれが複雑でなければ人間は生きていけない。それはなんでだろう?考えれば答えは尽きない。けれどそれを安易に宗教は答えてくれる。、と僕は思っている。今はね、


この自身のみで考えて考えて考えて考えて…至った答えが

覆されるのなら、ぼくは初めて本を読んで大泣きしてしまうんじゃないかと、この本ばかりは期待せずに居れないのだ。

END

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