アッシーの1日(8)
落ち着け、落ち着け
自分に何度も言い聞かせる。
腕を縛られてはいるがこんなに細い女性だったらもしかしたら逃げられるかもしれない。
とりあえず縄を解いてもらえるか試してみよう。
「僕のアフロを置いて行くので一度縄を解いてもらえませんか?」
焦ってよくわからないことを口走ってしまった。
郡司アナはこの男は何を言っているんだと言う顔をこちらに向けている。
「えーと、つまり、このアフロを全部剃って置いていきますので一度縄を解いてもらえますか?」
「きれいな形が残ったまま剃れるわけないじゃない!!!」
怒らせてしまったようだ。
どうしよう。
ここは適当なことを言って黙らせるしかない。
「何年この頭と付き合ってると思っているんだ!綺麗に剃ることなんか簡単にできる!だからとりあえずこの縄を解いてくれ。」
長い口論の末彼女はため息とともに
「本当でしょうね」
と言い放った。
「任せて下さい」
郡司アナは縄を解く前にカミソリをとりに行こうとする。
その間に後ろに組まれていた手をどうにかして足を通し前に持ってくる。
そして部屋の中から逃げようと扉に手をかけると鍵がかかっている。
「やっぱりね」
逃げようとしていたのがバレてしまった。
しかも向こうは昔ながらの理髪店で使う切れ味の良さそうなカミソリを持っている。
殺されるかもしれない。
急に恐怖が体を蝕んできた。
しかも彼女は少しづつこちらに近づいてきてる。
必死になって縄に力を入れる。
ビッと音が鳴った。
火事場の馬鹿力というものはあるようで縄を解くことができ間一髪でカミソリの攻撃を避けれた。
だが、完全に彼女は興奮状態になっている。
「アフロアフロアフロアフロアフロアフロアフロ…」
アナウンサーという仕事を忘れさせない滑舌の良さで延々とアフロと呟いている。
彼女はカミソリを持っていない左手でジャブを打ってきた。
思わずもろにくらってしまった。
しかしジャブでよかった。鼻血が出ていないから骨は折れてないだろう。戦える!
左足を前に出し、右足のかかとと直線を結ぶように構える。顎を引きそこに添えるように右手を握り左の肩で顎を守る。
郡司アナもカミソリを逆手に持ち替え戦闘準備完了という感じでこちらを見ている。
ジャブが飛んでくる。
今度はしっかりとガードをする。女性にしては重たいパンチだ。
そんなことを考えていると右の大振りのフックが飛んでくる。ガードしようと考えたがカミソリを持っているため大きく頭を下げ避ける。
次はこちらから仕掛けるか。
心の中で呟く。しかし彼女の方が一枚上手だった。
左腕を脱力させる。ゆらゆらと揺れている左腕から飛び出したのは早いフリッカージャブだ。ガードはできたが、気づいた時にはすでにフックを打たれていた。さっきから右は確実にテンプルを狙ってきている。
とっさに頭を右に傾けるように避ける。
大きいアフロの塊が下に落ちる。
左側だけ坊主になってしまった。
と思っているうちに彼女は先ほどと真逆の構えをする。
そう彼女はスイッチヒッターだったのだ。
右のジャブ左のカミソリで右も坊主のようになる。
くそ、このままじゃ殺される。
気付いたら部屋のコーナーまで追いやられてしまっていた。ここにはレフェリーもいないこのまま負けてしまうのか。
いや、こんな時こそ勝たなければいけない。
がむしゃらにラッシュを打つ。一発だけボディに入ったようだ。
そこに思いっきりアッパーを打つ。
彼女はふらふらと倒れる。
ワン
ツー
スリー
フォー
ファイブ
シックス
セブン
エイト
ナイン
テン
彼女は立てなかった。
勝った。
長い戦いだった。
気持ちのいい勝利ではなかったが勝ったという事実に変わりはない。
このままこの場所から逃げよう。
鍵のかかった扉を蹴飛ばし無理やり開ける。
そのまま玄関へ向かう。
玄関の扉の近くにある鏡でツーブロックになった新しい髪型を見る。
「悪くないな」
と言いながら外に出た。
-PM 21:28-
担当 髙橋
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