見出し画像

イギリスは4つの国だし、エリザベス女王はカナダの女王でもあるし、アイルランドとイギリスは近くて遠い

前回書いた「(英国の)ロイヤル・ワラントって何?」というブログで、まあまあ切り込んでみたイギリスという国。

これをもう少し掘り下げてみたくなりました。どのへんかと言うと「アイルランドはどうしてUKの一部じゃないのか」という疑問。アイルランドの一部はUKである地図からは、例えるなら日本の九州の北九州以外は別の国、という印象をわたしは受けるのです。「いっそ全部いっしょにしちゃ言えばいいじゃん」この考えが、どれだけ浅く、人の気持を逆なでするのかということが、明らかになってきます。


イギリスとは、グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国(ちょっと中断するけど)

イギリスという名前がややこしくさせるんですが、イギリスは4つの国をひとつの国した(Unitedした)王国です。じゃあなんで「イギリス」って言うんじゃ?ということを一回寄り道して紐解いてきたいと思います。

イギリスと言う言葉はどこから?次いで、イギリスなのになんで「British」なん?

イギリスという日本語の語源は、ポルトガル語経由の「イングランド」。ポルトガル語ではInglez(イングレス)。またはオランダ語の「Engelsch(エングルシュ)」。どちらも「イングランド」の意味。

しかし「イングランド」は「イギリス」とは区別されています。(わけわかんない!)詳しくは後に載せている地図を観るとわかりやすいですが、イングランドはイギリスの一部。

英語のEnglsihは、「イングランドの」言語。だからEnglsih。

じゃあBritishってなんだ?Britainの形容詞なんだろうけどじゃあBritainって何だ?

ざっくり言えば、グレートブリテンという島があって、それが統一されて1つの国になったのが1707年。それまでは北の部分がスコットランド王国で、南のほうがイングランド王国でした。んで、この南のほう部分はむかし「、ブリタンニア(Britannia)」と呼ばれていたんです。これがBritishの語源。

じゃあなんでなんでわざわ「グレート」付けてグレートブリテン言うんじゃ?(グレート義太夫さんみたいな感じか?→違う)

ブリトン人と呼ばれる人たちがだいぶむかし(前1世紀頃)このあたりに住んでいたですが、いろいろあってフランスの一部に逃れて移住します。その場所をフランス人は「ブリトン人の住むところ」という意味で「ブルターニュ(Bretagne)」と呼びました。これがブルターニュの語源。というか1532年にフランスに併合されるまでは「ブルターニュ王国」(からの「ブルターニュ公国」)だったんです。

画像3

ブルターニュ
(This image has been made by GwenofGwened and released under the licenses stated below. You are free to use it for any purpose as long as you credit me as author, Wikimedia Commons as site and follow the terms of the licenses. Could you be kind enough to leave me a message on this page to inform me about your use of this picture. - 投稿者自身による作品, CC 表示-継承 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=11234869による)

フランス人からすると海の向こうのあっちもブルターニュ、こっちのブリトン人の国もブルターニュじゃわかりにくい。遠くのものを「グランド」と呼ぶので、うみの向こうは「グランド・ブルターニュ」と呼ぼうということになりました。

そんなわけで、グランド・ブルターニュが「グレート・ブリテン」になりました。グレートは飾りじゃなくって区別のために付けられたものでした。

そんなわけでこのあたりを背景に、EnglishやBritishという形容詞が生まれているということになります。(言語は、「○○の国の」言語、ということで形容詞で表現されます。日本語は「日本の」言語ということでJapanese)

寄り道終わり。

イギリスとは、グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国(中断からの続き)

さてイギリスですが、ちょっとわかりにくいのUnited Kingdomと言い換えましょう。略してUKにしましょう。なんでか?イギリスは元来「イングランド」だから。でも日本語ではイギリスとイングランドを定義で分けています。だってイギリスって表記はまあまあ間違っているんだから

そこは深堀りせず(日本に限るってわけでもないし、言語とはだいたい適当なものです。適当っていえば、なぜ漢字ってあんなに多いのかと言うと、中国は多民族国家だったから。言語の違う人たちがなんとなく意味が通じる象形文字を作ってはそれでコミュニケーションしていたので派生的に増えまくったのが漢字が多い理由。多すぎて困る!ってなって中国は漢字を使いやすい簡体字に変えました。変えていない台湾は繁体字のままです。余談が長すぎ。)、イギリスはUKって言い方にしています。UKのほうがしっくりくるのは、

Unitedなんだから集まっているってことが直感的に理解できるから。

集まっているのは4つ国(一部は国じゃないんだけど、英語では「国(country)って呼んでいます。一部とは北アイルランド)。

イギリスの正式名称は「グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国」です。

え?どうやって4つ?

って思っちゃいますが(わたしは思います)、地図で見ると分かる!

画像1

グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国
(Source:File:British Isles all.svg by CnbrbFile:United Kingdom countries.svg by Rob984Derived work:Offnfopt - United Kingdom countries.svg, CC 表示-継承 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=39213409による)

右のでっかい島が「グレートブリテン」。これと左のアイルランドの上の部分が北アイルランド。グレートブリテンが3つに分かれて、それプラス1ということで4つ。


UKの国旗も4つの国旗が重なってできている

画像2

(パブリック・ドメイン, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=19488615)

この地図をみて、冒頭に書いたように、わたしは「もういっそ左のアイルランド島もイギリスにしちゃえばわかりやすいのに」という無神経な感想を漏らしてしまったんです。なぜ無神経か?なんの問題のがあるのか。理由は、このアイルランドとUKの間には多くの血が流れ、死体が横わかっているからです

アイルランドはUKから独立して主権国家になっている

まずグレートブリテン島のなかもそれぞれ別の国だったものが少しずつ統合されていっている経緯がありままず統合されるときには、合同法(Act of Union)が制定さます。

1543年の合同法:Laws of Wales Acts。これでウェールズとイングランド王国が合併します。

1707年の合同法:これでスコットランド王国とイングランド王国が合併し、グレートブリテン王国が成立します。

1800年の合同法:これでグレートブリテン王国とアイルランド王国は合併します。

みてください。1800年にアイルランドはグレートブリテン王国に合併されているんです。そしてどうなったのかというとグレートブリテン及びアイルランド連合王国(United Kingdom of Great Britain and Ireland)になっているんです。

画像4

グレートブリテン及びアイルランド連合王国
(Rob984 - File:Blank map of Europe 1929-1938.svg, CC 表示-継承 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=36589073による)

わたしが無神経に思った「まとまっていたほうがわかりやすい」という形になっているです。1800年から1922年まで。

なぜ無神経かというと多くの血を流しながら、アイルランドは独立した歴史があるからなんです。そしてアイルランドにはアイルランド語もある。いやスコットランド語もあるしウェールズ語もあるんです。

わたしはそんなことをぜんぜん知りませんでした。それが恥ずかしいことだとは思いません世界には知らないことがいっぱいです。ただ世界の歴史や背景を知ると世界が広く深くなっていきます。UKやアイルランドのことを少しずつ知ることで今まで知らなかった、理解できなかったことが少しできるようになっていきます。このアドバンテージを得られることを喜ばしく思います

さて、では1922年の独立までに何が起こったのでしょうか。

アイルランド独立戦争(1919–1921年)

大変ながくなるのでかなりざっくりとしたまとめ方をしていきます。アイルランドはグレートブリテン及びアイルランド連合王国時代にアイルランド自治法(Irish Home Rule movement)というものを成立させています。1870年から始まり、自治領を認めさせることができるも、1914年から1918年の第一次世界大戦によって計画が延期されてしまいます。

画像5

この風刺画の葉巻が「アイルランド自治法」。吸っているのは、サー・ヘンリー・キャンベル=バナマン元首相(HCB)。

いい加減独立しよう!という機運が高まり、1916年の復活祭(イースター)に日に、武装蜂起がおきます。これをイースター蜂起(Easter Rising)と言います。蜂起は7日間で鎮圧され、指導者は処刑されました。が1919年に再び武装蜂起が起こり、アイルランド独立戦争(Irish War of Independenc)が始まりました。この戦争でのアイルランド側の武装組織が、IRA(Irish Republican Army)、アイルランド共和軍です。

戦争は1921年12月まで続き、休戦協定が結ばれ、1921年12月6日に英愛条約(Anglo-Irish Treaty)が結ばれます。「愛」はアイルランドの漢字表記。この結果、

アイルランド自由国(Irish Free State)が成立します。

ただし32ある州のうち北部の6州は北アイルランドにとどまります。お!これが「グレートブリテンおよび北アイルランド連合王国」の「北アイルランド」ね、という今に至る形として落ち着いたかというと、落ち着いてはいない。

「北アイルランドもアイルランドだろ!」

「自治国(ドミニオン)じゃなくて独立国であるべきだろ!」

という不満(というか思想か)がアイルランド内戦(Irish Civil War)へと発展していきます。この抗争は、いまだに問題のままでいます。なので最初の「ぜんぶまとめてイギリスだったらわかりやすいのに」とは、ものすごく物議を醸し出してしまう考えであり発言になるんです。

以降、

1931年:ウェストミンスター憲章(Statute of Westminster 1931)が成立し、アイルランドはイギリスと対等な主権国家になる

1937年:アイルランド憲法(Constitution of Ireland)が施行され、国号をアイルランド自由国(Irish Free State)からアイルランド(Ireland)へ変更

1938年:イギリスがアイルランドの独立を承認

1949年:イギリス連邦を離脱。イギリス連邦とはCommonwealth of Nations。現在54カ国が加盟

1988年:ベルファスト合意。その後の国民投票により北アイルランド6州の領有権を放棄します。

ベルファスト合意(Belfast Agreement)

ベルファストとは北アイルランドの首府。

画像6

ベルファスト(Belfast)の位置
(Karte: NordNordWest, Lizenz: Creative Commons by-sa-3.0 de, CC BY-SA 3.0 de, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=44035662による)

ちなみにベルファストの人口は33万人。ベルファスト合意の意味するところは、北アイルランド紛争の終結。北アイルランド紛争の間、無差別テロが多発しました。またこの紛争のなかでは、カトリックとプロテスタントの衝突も多々起こっています

何故か。

アイルランドは、カトリック信者が多い

どれくらい多いかいうと全人口の87.4%

一方で北アイルランドは43.8%

カトリックはイングランドやスコットランドにおいて差別を受けていました。これについて掘ると話がまた長くなるのでまた今度。アイルランドのカトリック信者もUKの一部であったとき強く迫害されてきました。比較的プロテスタントが多かったので北アイルランドは、UKに属することになったという経緯があります。未だにこの対立と問題は非常にセンシティブ。

そうなるとアイルランドの独立することでアイルランド内のプロテスタントは非常に肩身がせまくなります。ちなみにIRAはカトリック。プロテスタントとの衝突があったので、プロテスタント側も1966年に民兵の組織を形成します。それがアルスター義勇軍(UVF: Ulster Volunteer Force)。このようにして北アイルランドでは、カトリックとプロテスタントとの対立が、アイルランドの独立に伴う形で加速化していきます。アルスターとはアイルランド島の北東部の地方の名前。

北アイルランドは、プロテスタントかカトリックの対立があるため、アイルランドの一部がUKに属する結果になり、なったあともまだ対立は消えないままでいる状態です。

まとめ

民族としてのアイデンティティが独立を勝ち取ろうとする動機や運動は、アイルランドのみならず例えばカタルーニャでも起こっています。北アイルランドの場合、カトリックとプロテスタントという宗教上の対立が根底にあるので根深い対立になっており、それをご破算にできないのは、今まで多くの暴力、憎しみが歴史に染み込んでいるからでしょう。

わたしの場合、自国の歴史からして知識が浅いため、ましては海外の歴史となるとからっきしなわけです。ちょっとほってみるだけでこれほどの深さがあることに驚き、また嬉しく思います。

今まで多くの映画や漫画で見かけていたIRAという組織が、どういう歴史をもっているのか少し理解できたからです。例えば漫画の『パイナップルアーミー』や『マスターキートン』にもよく出てきていました。


これでようやく少し理解して話を読むことが出来ます。くわえて北アイルランドについて不用意な言葉を吐くリスクも減りました。

他国のみならず自国、日本の歴史や政治も機会を見つけては紐解いていきたく思います。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
おおたしじみ

よろしければサポートをお願いします。サポート頂いた金額は、書籍購入や研究に利用させていただきます。

嬉しいなぁ、本当にありがとうございます!
14
ひとの理屈通りに動かない特性をつかって社会をより良くしたい「ソーシャルハッカー」。認知バイアス研究家。 わたしのやりたいことは「好奇心を追求し、知識で人生を最高に楽しむこと」。