見出し画像

ファッションと書体

「ビジネスに使えるデザイン話」マガジン


ファッションと書体はバッチリ密接

今までチョロチョロと書体の話をいくつか書いてきました。ヘルベチカやFuturaという2大人気書体についてや欧文書体の種類について、イタリック体とはなど。その他の書体やコンマやコロンについてももっと書きいていきたいのですが、書体のルールや種類って、実際のところ口悪く、それでいてまあまあ的を得ているであろう言うと

ただの道具

に過ぎないんです。書体というのは、書体デザイナーたちの本懐は、気づかないでくれ!というものだったります。優れた書体は、そこにどんな書体があったかなど記憶に残らないほどスムーズに目に入って読ませるものだから。もちろん広告など目立つことが目的の書体は、それに当てはまりませんが。

ということで書体に詳しくなるのは愉しいものですが、それがどう使わているのか、というところを知るとビジネスにおいても人生においても役立てやすくなるのではないかと思います。企業において一部、強くブランディングを意識しているところは、使う書体を限定しイメージコントロールしています。どんな書体を使うとどういうイメージになるのか、これがさきほど道具だと例えた理由でもあるし、ファッションが一番わかり易いという理由でもあります。

ちなみに書体だけでなく、デザインもなんならブランディングもただの道具です。デザインと経営の間にまあまあ深い溝がありますが、デザインは道具の人で経営は、その道具をつかって何を作るかしたい人なのですが、互いのフィールドを理解しようとしないがゆえにうまく付き合えず、また付き合わなくてもいいかーと思っての溝です。ブランディングなんてしなくても企業は上場するほど大きく成長できたりもします。世界の時価総額ランキングを見ていると、そのへん明らかになってきます。余談が過ぎました。

ということでファッション。ファッションはブランディングとは離れることができない業界です。ファッションの本質は、プロトコルあるアウトプットです。そのためのモードです。端折って言うとモードをフォローしていることで変化について行っているぞってポジションを形成し、それを認識し合うこと。あと、ファッションは哲学をまとうところがあります。シャネルを着るのとディオールを着るのとではちょっと思想が違ってきます。

なので思想であれ、アウトプットであれ、「わたしはこれを好む」という記号のやりとりなので、書体はそれを大いに助ける媒体になります。


先に結論

これからちょっと詳細を書いていきますが、結論を先に書くと、ここ最近になってファッションは、人々の目に触れる場が、雑誌、ビルボード、テレビという大きな面積のものから、スマホに移行したことを強く意識してブランディング戦略を変更してきている、ということです。

ざっくりいうと「小さくても見えるようにする」ということしています。わたしたちは、特に若い世代は、だんだんテレビを見なくなり、雑誌よりTiktokやInstagramをチェックします。雑誌の1/5以下のメディアで人の目に触れるようになってきたことを無視できないわけです。それにあわせてどうするのかと言うとTiktokなどに広告を出すということはもちろんするわけですが、着ている写真を見ても、そのブランドと視認させる必要もあると考えて、ロゴを変えるということをしています。

サンローラン、バレンシアガ、バーバリー、ベルルッティなどロゴがこんなにわかりやすくなりました。

画像1
 source: BOF Op-Ed | The Revolution Will Not Be Serifised: Why Every Luxury Brand’s Logo Looks the Same

リンク先の記事では、「セリフを無くしていくファッションのロゴの進化:どうしてラグジュアリーブランドのロゴは全部似てきたのか?」ということを説いています。おもしろい!

セリフとは、文字の鱗のようなもので、端っこにあるものです。

画像2
これがセリフ (serif)です。


セリフが残っているファッションブランドもあるし、もともとなかったので変える必要がなかったブランドもあります。そういう変化も合わせて、ファッションブランドがどんな書体を使っているのか、さらーっと見ていくと道具としての書体の使用例を理解できて、愉しいのではないかと思います。ではファッションブランドのロゴをさらーっと見ていきましょう。


ファッションブランドのロゴたち

具体的にいくつかのファッショのロゴを見ていきましょう。

スクリーンショット 2020-12-22 14.00.40
シャネル


誰もが知るシャネル。1909年創業で、創ったのは、ガブリエル・シャネル。歌い手だったときの名前がココ。ということでココ・シャネル。ついこないだまで、シャネルのデザイナーは、カール・ラガーフェルドで、彼はコンセプト体現の天才で、彼のデザインは、カール・ラガーフェルドではなくココ・シャネルの思想を時代にあわせてアレンジしたもので、これほどブレないファッションブランドは珍しくありました。2019年にラガーフェルドは死去し、現在は、ヴィルジニー・ヴィヤード(Virginie Viard)。書体はオリジナルで、種類としては、ジオメトリック・サンセリフ。 ブランドで使っている書体もオリジナルじゃないかなーと推測。

オーセンティシティとは無縁のココの気概を感じる、太くてシンプルで時代を切り開いていく、生きる力と「しかし魅力的」を形成するセンスを、彼女自身の性格まで含めて、ロゴから感じることができます。このアルファベットの並びがそのままでゴージャスに見えるのは、ココとラガーフェルドが作り上げ続けてきたブランドそのもの。文字間の開き具合に、落ち着きと自信を見ることもできます。


画像4
ドルチェ&ガッバーナ


1985年創業のイタリア、ミラノのブランド、ドルチェ&ガッバーナ。シャネルで文字間について少し触れましたが、ドルチェ&ガッバーナは、その文字間がギッチギチです。落ち着きなんてありません。派手、華やか、モダンというよりはハイプ、ハイプでなんぼ。圧倒するほどの勢い。文字間が狭いのもなっとくのブランド。そして使われている書体は、1917年にドイツのパウル・レナー(Paul Renner)がデザインしたFutura(フーツラ)。出た!Futura。わたしは「フツラ」と読んでいます。Futuraの特徴は、ゴリゴリにジオメトリック(幾何学的)に見えて、プロポーションは、ギリシャの碑文に近いんです。未来的でシンプルなラインにオーセンティックなプロポーションというアンビバレントな要素が同居している書体。気品とアップデートする姿勢と勢いを書体、文字間を使って見せているロゴです。


画像5
ルイ・ヴィトン


ハイブランドの帝国、LVMHの旗艦ブランド、ルイ・ヴィトン。そのはドルチェ&ガッバーナのロゴと同じ書体を使っています。同じ書体でも文字間だけで表現する雰囲気はこれほど代わります。Futuraという懐の深さを見ることもできるし、競合ブランドが同じ書体を使って違うブランドを形成していることに、ブランディングについての造詣の深さも見ることができます。我が身を振り返ってみて、わたしたちが新しいブランドを創ってそのロゴにヘルベチカやフツラを使えるだろうか、と考えてみるとわかりやすいかも。それも小さなブランドではなく1000億円くらい投じると考えてみるとよりわかりやすいかも。真似でも追従でもなく、肩を並べるつもりのブランディングで、同じ書体を使うことのハードルの高さ。これは、書体が道具であることやブランドとはなにかについて熟知していないととてもむずかしいことです。


スクリーンショット 2020-12-22 14.30.19
ディオール


ディオールは、最近地味にロゴを移行してきて、現在はこれに落ち着きました。使われている書体は、オリジナルかもですが、種類はセリフ体のモダンローマンです。セリフという文字の端にある線みたいな部分がすごく細いものをモダンローマンといい、ファッションといえば、モダンローマンというくらいの記号になっています。少し前までは。それでも依然として記号は成立しています。どこにそれをみることができるのかというと世界レベルのファッション雑誌のタイトルです。

画像7
画像8

 ヴォーグもエルもロゴにモダンローマンを使っています。DidotやBodoniという書体が有名なモダンローマンです。

画像9
DidotBy Pierre Rudloff - File:DidotSP.png, CC BY-SA 2.5, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=11454007


画像10
BodoniCC BY-SA 2.5, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1657033


ちなみに少し前までのディオールのロゴはこれで、書体にはNicolas Cochinというものをベースに使っていました。

画像11




画像12
Zara


Zaraも2019年にロゴを変えて、ご覧の通りモダンローマンを重なるほど近づけて組んだものになっています。

 新しいZaraのロゴを手掛けたのはフランス人のFabien BaronのBaron & Baronというデザイン広告会社。ファッションに特化していてマルジェラやディオールのブランディングにも関わっています。


画像13

Fabien Baron
By Bhetherington7 - Own work, CC BY-SA 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=48667494

Zaraは、ロゴを変えることでブランドが進化したことを内外に示しているわけですが、ざっくりと解釈すれば「脱ファストファッショ」。ファストだけでファストなだけじゃない。新しいフィールドを率いるブランドだということを見せています。ファッションでいえば、オーセンティックなモダンローマンをドルチェ&ガッバーナ以上にくっつけてアジャイルである姿勢を見せています。アジャイルとは、ビジネスパーソンが好んで使う(笑)、すぐに動く、臨機応変に対応するという意味。ファストだけど、がゆえに低質なわけではない。そういうZaraの独擅場を示すため、億円単位の費用をかけてリブランディングしています。

ちなみにZaraはスペインの企業で、創業者のひとりはAmancio Ortega。顔が怖い。

画像14

Amancio Ortega
source: BOF 


画像15
Uniqlo


最後にファッション業界の破壊的イノベーションとも言える日本のユニクロのロゴ。ロゴを創ったのは、佐藤可士和氏。錯覚調整をしていないのでOやQやUをよく見ると分かりますが、内側の直接と曲線の繋がりがぎこちなっくなっています。物理的にはスムーズにつなっているはずなんですが、目にはそう見えない。そういう調整をしてないところが、グラフィックデザイナーが書体を作るときにありがちな瑕疵です。怒られそうですが、よく見かける気がしています。

ユニクロは、この書体をブランドの書体として使っているので、買うことがあればタグに書かれている英語を見てみてください。ガクガクとした印象を与える書体で文が組まれています。

じゃあ、これが問題があるかというと、そんなことなどどうでも良いほど強力な市場を切り開いて、他社を圧倒するどころか飲み込んで、ZARA以上の独擅場を形成しています。「安くて便利」という先細りする市場から、いつのまにか安いのに良質、安いのにデザインも良いというハイファッションともファストファッションとも違う市場を技術と恐ろしく徹底したマーケティングで創ってそこの王様になっています。

エルメスのデザイナーだったクリストフ・ルメールをディレクターにしたライン、ユニクロU、ジル・サンダーを去ったジル・サンダーがディレクターの+J。+Jには、この秋、蜜どころではない騒ぎの来客に、ユニクロのスタッフが「怖くて震えた」と語っていました。それほどの人気でした。

画像16
+J
source: Uniqlo +J


歴史あるブランドやメーカーは細部にこだわるのですが、わかりにくほどの細部をユニクロは切り捨てます。分かる範囲の細部にはものすごくこだわります。

どうです?この姿勢や哲学、錯覚調整をしない書体となかなか合致していません?書体というよりは記号。なんというか強い(笑)。「強い」はともかく、思想・哲学がロゴにロゴに使う書体にかなり色濃く反映されていることがここにも見て取れるのではないでしょうか。


まとめ

ファッションと書体は、こんなふうにすごく密接で奥深く、面白い関係を持っています。書体だけ、ファッションだけでも愉しいですが、そのつながりを知ると、あなた自身や企業や商品にも使える造詣になるのではないでしょうか。

余談ですが、現在Appleが商品ロゴなどに使っている書体はMyriadという書体です。Myriadは英語やギリシャ語で「無数の」という意味。文字通りに太さの種類がすごくある書体です。

画像17
MyriadBy No machine-readable author provided. GearedBull assumed (based on copyright claims). - No machine-readable source provided. Own work assumed (based on copyright claims)., CC BY 2.5, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1657055


Appleが世界の席巻していき、いつくもの業界を壊し飲み込み、ソフトウェアに金融に進出していく姿勢とこの書体の「無数の」という意味も、まあこじつけだと言われればそれまでですが、重なる部分があるんじゃないかと思わなくもありません。

書体を選ぶ前に、コンセプトがないといけないわけですが、コンセプトがあるなら、または哲学があるなら、それを表すための書体というものがある、というのは、なんともそれ自体哲学的です。



よろしければサポートをお願いします。サポート頂いた金額は、書籍購入や研究に利用させていただきます。