2002年の思い出
この年の1月。
THE BACK HORNの手書きDMが終了する。
理由はファンクラブ「銀河遊牧民」の設立。
薄い茶封筒に入ってた手書きのDM。
※初めてもらった時は手渡しでもらった(封筒には入ってた。なんでだろ)
今も変わらぬ手作りの良さはこの頃から変わらない。
個人的にこの頃、新宿や西荻窪、中野や高円寺でよく呑んでた思い出。
ただちょっとやばい会社に勤めたりしたのもこの時期でバタバタしてた。
そんな話はどうでもいいか。
この年で忘れられないのが、山田さんの骨折。
水戸でのLIVE。
最前列で観てたのもあるけど、物凄く激しい夜だったし後から話を聞いて「やっぱり凄い」と感動しきりだった。
夏の東名阪TOUR「流れ星ランナー」は圧巻だった。
売り切れてたし、クアトロ前にはダフ屋もいた。
※指差してゲラゲラ笑ったらちょっと揉めた。
この夜に出会った人もたくさんいる。
※今も会場で「あっ!」とか思う昔馴染みの方もたまに。
この頃から、仲の良いバンドさんたちが次々と有名になるというか、デビューしたりだったんだけど、相変わらず「バクホンは演奏が荒い、それがいい」みたいな評価が多くて正直ちょっと違うかなと思い始めてた。
LIVEは、ほぼ必ず「幾千光年の孤独」始まりだったんだけど、この年の5月に発売された「世界樹の下で」はとにかく名曲で。
ただ、「こういうバラードっぽいの増えたら嫌だ」的な会話も多く聞こえた。
その後に発売された「涙がこぼれたら」もPOP(当時のバクホンファンにとってPOPという意味に考えたい)じゃないかと言われたり。
2000年からアンダーグラウンドで盛り上がってきてた2chでも歌詞考察とか盛り上がってたがメンバーの汗や涎が批判的に書かれたこともあって必死に所謂擁護をしてたこともあった。
4~5曲しか演奏しないイベント出演も増えてたけど他のバンドと演奏力を比べられたりして「確かにな~」とか思ってもいた。
11月には2ndアルバム「心臓オーケストラ」が発売される。
そして、いよいよというかようやくというか岡峰さんが正式メンバーになる。
※どうでもいいけど、この頃から2001年末に組んだTHE BACK HORNのコピバン「ぜっとん」でliveをスタートした。
ここから怒涛の2003年に突入する。
しいたけお。
2020.07.18
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