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そのワガママは「生きる希望」なんだよ【不登校長女 育児日記】


昨日は、育児休暇に入っている間に異動してしまった方に久しぶりにお会いして。引き継いでいた業務を改めて教わる時間の最中で、子育ての話や新しい部署の様子などを聞いていた。
その中で、「異動してわかったの。やっぱりここはすごく、人がよかったんだって」とその方がおっしゃり。たしかに、この職場の人に救われて続けられているなあ、と改めて感じた日。

「明日から、心あらたに……shiiimo、がんばるぞ⭐」
と夕食をこしらえながら思っていたら、
「夕方にお熱出たってえ~」と夫とともに熱々の三男、帰宅。
ま。そんなもんだよね!!(泣き笑い)
ってことで思わぬ休暇に、三男が眠った隙にPCを叩きまくっているshiiimoである。

#挨拶文を楽しもう


「特別な教室」を前に考えること


9月も中旬に差し掛かる。
夏休みも終わって小学校がまた始まってしばらく経つ。
不登校の長女はその間、1回だけ、学校に行って担任の先生に会うことができた。
そのときに、もらったたくさんのテストの中から唯一できた国語のテストを持って行った。目の前で〇をつけてもらい「完璧じゃん!」とほめてらえた長女。満足そうだ。よきよき。

普段は教育相談室という教室をかりているのだが。その日は予約が入っていたのか、その隣の部屋での面談になった。保健室に隣接した部屋だったので、帰るときには保健室の女性の先生がきてくれた。

「わあ、髪がすごくのびたよね。すてきだよ」

いつも優しい声をかけてくれる先生。
長女は、へへ、と言いながら、その伸びた髪の毛先を撫ぜた。

ちなみに次女も、不安定な気持ちになることが続いているので、「ちょっと熱がある気がするの」なんて言いながら、まだまだしょっちゅう保健室にお邪魔しているらしい。ので、私はますます、この保健室の先生方にも頭があがらないのである。


保健室の向かいには、「不登校や教室に入れない子のための教室」がある。
私の心の中での次のステップとしては、この教室に顔を出せるようになること。そうすれば、休み時間に、長女が仲良くしていた子が遊びにきてくれたりするかもしれない。そんな期待がどうしても湧いてしまうのである。

「あ、ほら、ここだよ。自由登校の教室。前に話してたでしょ。少しここからのぞいてごらん?」

私は帰りがてらついでに、といった形を装いながら、いっしょにその教室をのぞいてみる。その日は長女よりも下の学年ぽい男の子がふたり、先生をはさんで、いっしょになにかを覗き込んでいる背中が見えた。
表情は見えなかったけれど、なにかを一生懸命話しているように、背中がゆらゆら、ときおり小刻みにゆれた。みんな、笑っているんだろう。

「ここでは、自分の好きなようにみんな過ごしてるよ。先生もついていてくれるし、勉強してても、してなくってもいいよ。塗り絵してもいいかもね。周りの人が気になるなって思ったら、パーテーションもあるから、ひとりの場所をつくってあげることもできるよ。お母さんとか、お父さんといっしょにいてもいいんだよ」

担任の先生がそっと教えてくれる。
つまり、「なにをしていてもいい」から、「自分の居場所を確保できる教室」であるということ。
学校の居場所は、クラスの教室だけじゃない。
そういうことを伝えてくれている、そんな学校の気持ちを私は受け取った。

でも、それをそう解釈したのはあくまでも、私。
長女がどう受け止めるかはこの先もわからない。

「ふうん…………」

長女は教室のドアの窓からその教室の様子をちらりと覗き込む。
多分まだ、自分ごととしてはその教室をとらえてみていないことが、母にはわかった。

「また今度、見てみよっか」

親の気持ちを受け止めすぎる彼女に、あまりオススメしてもよくない。また、がんばりすぎてしまうかも。だから私たちは、そっとその教室から離れた。


長女とふたりきりの、朝マックで


「ママと朝マックに行きたいな。ふたりで……」

先日、そんなことを長女が言うので、いやつよのお。と思って、時間給を使って朝マックに行った。
彼女は過去に私と食べた「ハッシュドポテト」に、たいそう思い入れがあるらしい。

「あれ、すっごくおいしかったから……また食べたいの……」

という、キャワワな注文をするので、ハッピーセットに加え単品でも注文した。

朝マックには当然ながら、子どもはいなかった。
これから学校に向かうらしい高校生や、サラリーマン、おじいさんおばあさん。長女はどうみても「小学生くらい」なので、怪訝な目をしているおばあさんがいた気がするけど、まあ、心底どうでもよかった。

ハッピーセットについてきた、ちいかわのシールを確認してみると、ももんがだった。

「ママ、この子かわいいからスキよ」

会話の中でそう言った。
マックの服着てるね。かわいいよね。なんて言いながら食べて、長女を家に送り、私は仕事に向かった。

そして帰宅してから。
「ママ、あげる」
例のももんがを、私の分、切り取って渡してくれた。

こういった、人のさりげない言葉とか気持ちを、長女はしっかり覚えている。
だから気をつかえるし、やさしく、ときにそれは自分を苦しめもする。

「ありがとう。スマホにつけておくね」

私はそれを素直に受け取ることにした。長女は満足そうに階段に戻って、絵を描いていた。


ご丁寧に「この顔がイイね」といった箇所を切り取ってくれた

あなたの希望が、私の希望


私は、不登校長女の「次のステップ」を考えたりはするけれど。
基本的には、彼女がこの先、あの特別教室に入ってくれてもいいし、そうでなくてもいいと思っている。
別の場所に居場所を見つけるかもしれないし、もう面談にすら行かなくなるかもわからない。

けれど、私はあまり悲観して心配しなくなった。

彼女は家で毎日楽しそうに、あれがほしい、これがしたいと語る。
将来はイラストレーターになりたい。
そんな夢を語り、こっそりと階段で絵を描いたりもする。

「うまくできたよ」

彼女がそう言って見せてくれるイラストは、リビングに飾る。
リビングの壁には、長女の作品がたくさん。これをもっともっと増やして、一面を彼女の作品展にしてもいいかもしれない。


こういうことでいいんだ
、と思う。


「ゲームで明日、友達に会いに行きたい」
「ママとパパに絵を描いてあげたい」
「次女ちゃんとあつ森で、そろそろ新しい住人を呼びたい」
「またママとマックに行きたい」
「大好きなお菓子を買ってもらいたい」


「こういうこと」が、明日も生きる希望になるんだ。


「明日はなにしようかな」
彼女がそう言って、隣で眠りにつくとき、私は心の底から安堵する。


あなたが明日も生きることを選んでくれる。

それだけでも本当に。うれしいことなんだよ。
母にとってはね。


「〇〇したい」
それって、ワガママかなって心配になる?
私はそうは思わない。
それは私にとっては「生きる希望」だから。



だからね

今これを読んでくれている今日のあなたも、
今ここにいてくれてありがとう。
私が伝えたいのはそれだけ。

9月になってもまだ…
って焦っているとしたら、
「大丈夫だよ」って言いたくて。
それを届けたくて書きました。
必要な方に届いているといいなって、そう思います。





#9月1日がこわいあなたへ
#9月1日がこわい親へ

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☀この記事はクロサキナオさんの企画参加記事です☀
#クロサキナオの2024CalmSept
https://note.com/kurosakina0/n/n54081bea4bc2

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