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吉田恭大『光と私語』いぬのせなか座【烽火書房で取り扱いする本】

京都市にあるBut not for me内に間借りで運営している本屋・烽火書房で取り扱っている本を紹介していきます。

吉田恭大『光と私語』いぬのせなか座。

歌人、吉田恭大による第一歌集。2019年3月に発売され、三ヶ月で完売増刷が決まったという。手に取りやすいサイズ(163mm×111mm)、開きやすい製本(コデックス装)。

みなさんは、歌集を手に取ったことはあるだろうか。正直馴染みの薄い人は多いと思う。ぼくはといえば、手にとったことはあるかもしれないが、じっくりと読んだことは数える程しかない。

そんな歌集にたいして知識をあまり持っていないぼくが、あえてこの本のことを自分の言葉で紹介したいと思ったのは、馴染みのない人にこそぜひ読んでほしい一冊だと感じたからだ。

もちろん歌集に慣れ親しんだ人だからこそ楽しむことができる深さというものも、あるに違いない。けれどこの本は、難しそうだとか、敷居が高いなんてことも全くない。

「路地、猫を追う君を追わない僕を、気にしなくてもいいから、猫を」
「国道に沿って歩けば辿り着く精米機のある場所が郊外」
「雨が降るって告げられてから人々に売られた傘と開かれた傘」
(吉田恭大『光と私語』いぬのせなか座 本文より)

ぼくが好きだと思った歌のいくつかだ。テーマは都市や交通、そして生活といったものすごく身近なものだ。身近だからこそ気づかないようなことを言葉とその並びで浮かび上がらせてくれる。言葉の並びもキュートで、言葉足らずのような、だけどものすごく共感できるような、そんな歌が書かれている。

歌や詩はたった一文で、もしかしたら一言で、ハッとさせられるような体験をさせてくれると気付かされた。そんな力があるものだと感じた。

一方で、その言葉は一文でしかなく、もしかしたら一言でしかないかもしれない。力強さと矛盾するようだけれど、ぼくたちはいとも簡単にそれを見逃してしまう。

今回記しておきたいもう一つのことは、この本の造本とデザインの優秀さだ。デザインというのは、あるものの本質を、知らない人にもわかりやすいように現し出すことだ。

ぼくたちは、短い一言を見逃してしまう。自分にとって、それが必要なものであっても、大きな体験をさせてくれるようなものであってもだ。しかし、この本の造本とデザインは、ぼくにそうさせなかった。本屋で見かけたときに、宝物を見つけたような気がした。思わず手に取ると、表紙にいくつかの歌が掲載されていて、ページを開かずとも、この歌集に書かれた言葉を見逃さずに済んだ。

ページを開きやすい製本、手触り感のある用紙、空間と余韻を感じさせる余白を活かした文字のビジュアル。

この本は、そんな力があるデザインや本の価値を改めて気づかさせてくれる一冊でもあった。