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転生後14日間隔離法度

 歴史好きとはすなわち、たられば好きである。私はどうしても織田信長の開く幕府というものが見たいと思い、本能寺十日前の時代に転生することに決めた。新しい物好きの信長のことだ、警戒はされるだろうがこの時代の手土産などを引っ提げていけば謁見できる可能性は高い。なんとか信長に明智の裏切りを進言しなければ。
 私は当時の日本語を完璧に習得して転生に挑んだ。……

……

「信長様、また転生者が」
「言わんでもわかっておるわ、あの異様な光は何度見ても慣れん」
「あと四半刻ほどでこの時代へ完全に顕現する模様で御座います」
「顕現にこうも長々と時間がかけられると目に悪い。して、いつの時代の転生者と見える」
「まだ足先から胸元までしか現れておりませんので確実なことは言えませんが”ちゃんぴおんのすゑっと”を大きめに着ていますから、西暦で言いますと一九九〇、二〇四〇年あたり……だぼついた洋袴を履いております故、おそらく一九九〇年の者かと」
「つまらんな、二三〇〇年の男から寄進された半永久人心管理用号砲の手入れをさせられれば良かったのだが」
「かの者は元居た時代でも相当の切れ者だった様子で御座いますから、あのような例は稀でしょう。……一般人に転生されても城下の賑やかしになるのみ、やはり常通り農夫として労働力にする程度の措置でよろしいでしょうか」
「好きにせい、わしはもう寝る」
「かしこまりました」
「二三〇〇年の男もわしに指図さえしなければ側近においてやってもよかったのだが」
「仕方ありません、転生者というのはどこまでも手前勝手なものですから」

……

「信長様信長様、大変で御座います」
「なんじゃ騒々しい、もう寝ると言ったはずだが」
「かの者、”ますく”をしております」
「なんじゃと」
「衛生保護用口覆布で御座います」
「”ますく”くらいわしにも分かる、貴様先ほどは一九九〇年の者と言ったではないか」
「どうにもただ野暮ったいだけの二〇二〇年の住人だったようで、面目ない」
「羞恥心の強い二〇四〇年の者ということはないのか」
「頭蓋に受信器を刺していませんから、おそらく異なるかと」
「ええい、腹が立つ。ただでさえ役に立たない時代生まれのくせに。こちらを滅ぼす気か」
「いかがいたしましょう」
「いかがもなにも、隔離じゃ隔離。地下牢にいれておけ」
「しかし信長様、地下牢は一昨日、二〇二五年からの女でちょうどいっぱいになりました」
「であれば哀れだが地下牢に二人ずつ繋ぐしかあるまい、十日ほど前に二〇二一年からも来ていただろう、奴と一緒にせい」
「それはなりません、信長様」
「なぜじゃ」
「二〇二一年の者は変異株とやらを持っている恐れもあります故、一緒にすれば危険が倍になるだけかと」
「ええい、もうめんどくさい!」

……

 ようよう転生を果たした私は訳も分からぬうちにマスクを剥がされた上に猿轡をされ、もう一度マスクをあてがわれ、全身に相当に濃い酒をまぶされた挙句、地下牢へと押し込められた。この日のために習得したこの時代の言語も、喋ろうとするたび封じられ、文を出すことすら叶わなかった。
 同じ地下牢の人間に話しかけたが、そいつが話す言葉は一つとしてわからなかった。ただしきりに2,3,0,0と指を出すので2300年からの転生者であることが分かった。未来人らしい。どおりで見たことのない、チャンピオンのロゴスーツなんぞを着ている。未来人は俺を指さしてくる。仕方なく2,0,2,0と出してやる。
 するとみるみるうちに未来人の顔が恐怖に歪んだ。後ずさりするように牢の対岸へ下がり、口を押さえている。

 俺はようやく、自分が信長に会うことができない理由を悟った。

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