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「私は発明をしようとしているんだと思う」点描画「絡」

「絡(ラク)」シリーズと銘打って点描でもじゃもじゃと絡んでいる絵を描いているが、今描いている指の絵の前に6枚ほど「失敗」して描き直している

この指の絵に関しても親指の先の絡みが気に入らずやり直そうとしたがとりあえず全部描いてから次に繋げようと思えるほどには何とかなっているので続けている。

鑑賞者から見ればもじゃもじゃと絡んでいる絵を描くノウハウなんかがあってそれに沿って描いているんだろうという想像もあるだろうが、私はいまそのノウハウを作り込みながら絵を描いている。

つまり、今はノウハウがなく、今までのもじゃもじゃな「絡」の絵は正確には「なぜかわからないが描けている」ものであり、それを証明するかのように二、三枚描くうちに全く描けなくなる時期を挟んで、またなぜか描けるようになるということを繰り返してきた。

当初はこのもじゃもじゃを続けるつもりはなかったのでその辺は曖昧にしていたが、自分の描く癖や性格等を踏まえるとこれは続けた方が良いなと思い、最近はこれを続けれるよう、自分自身を分析しつつ描いている。

どうすればもじゃもじゃと絡むのか、カッコいい絡みはどんなものか、立体的に自然と絡んでいる形はどんなものか、そんなことを考えつつ描いているがまだまだ「なぜか」描けない時があり、やり直すことが多い。

(蛇の絵を描こうとしたが絡みが良くなくてどうにもならずダメにした絵)
基本的にはもじゃもじゃ自体の下書きは出来ないしほぼほぼやり直しの効かない1発描きなので難しい。今わかっている要素は次の通りだ。
1.もじゃもじゃがうまいことかけるモチーフの「単位」がある
2.一本一本もじゃもじゃを描くと上手くいかない。ランダムな点の中からもじゃもじゃを発見するように描くことが重要
3、基本的にコントロールしきる事はできないので流れに任せつつ最小限のコントロールで描く

4.グレーと黒の二通りで描くのが理想だが、下書きの役割としてグレーを使うと上手くいかない。ほぼ真っ黒の点で恐る恐る描いていくしかない。

5.描ける時と描けない時の差が曖昧なので描けそうにない時は背景に徹するか別日にする。
等ある。「未だにこうすれば描ける」がなく、絡シリーズを描くための描画法を発明している途中にある。再現性を高めるための研究をしている感じだ。何故か偶然発明された現象を何度も再現できるよう研究しているところに今いる。

もじゃもじゃを想像しながら描いている時は非常に楽しく、ワクワクする部分がある。
正直人気の出そうな表現ではないしこれは売れる!とかもないが私の表現はなんかここに詰まっている気がしてくるほどに取り込まれている。

描けないときはとんでもない自己否定に突入してしまうし自己肯定感が底をつくので凄まじい辛さがあるがかけ始めると今の仕事がおまけになるほど描くことが楽しくなって1日が早く終わる。

売れもしない絵を描くのは不思議に思えるかもしれないが、ゲーム、趣味、コミュニケーション、テレビ、映画、音楽鑑賞のようなものと同じ行動のなかに「絵を描く」があるので今日も絵を描いていたんだろう。趣味であり、自分自身の密度が希薄になって消えてしまわないように補充して詰め固めているような作業なんだと思う。

描かなくなると希薄になって雲のように自分が消えてしまう気がする。

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宝生乱汰(hosho randa)・宝生浮紀(hosho fuki) 東京藝術大学油画科卒業・同大学院技法材料研究室修了 HP http://ecaki-randa.com 連絡先:note@ecaki-randa.com
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