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ちょっとだけ「変身」してみる――新書『目の見えない人は世界をどう見ているのか』

 大学を卒業して以来、久しく読書感想文というものを書いていない。

 私の場合、今まで読書をしても、一回通読して、読み終わったらそれでおしまい。あまり振り返ることをせず、次の本へと向かうのが常であった。というより、流れるように文章を追っていて、読むそばから忘れていく。いわば、自分の頭で考える作業を疎かにしていたのである。いわば、「速読」に毛の生えたようなことをやっていたのである。

 そういう自分の中の「お約束」を少し破るようなつもりで、今後、可能な限りこのnoteの場に、読書感想文を残しておこうと思う。今回取り上げる新書『目の見えない人は世界をどう見ているのか』では、ある種「変身」して考えてみることをキーワードに掲げているので、私もそれにあやかり、少しばかり「変身」してみようと試みることにする。


 本書は、美学と現代アートを専門とする著者が、「身体」を手掛かりに、視覚を取り払った時に生じる、身体や世界のとらえ方について、空間認識、感覚、運動、言葉、ユーモアという5つのアプローチから分析をしている。それらから「見る」という行為そのものを根本から問い直し、読者である私たちも、目の見えない人の立場に少しだけでも「変身」するためのきっかけを提供する、というような内容である。

 著者は、6人の当事者およびその関係者にインタビューをしている。このうち当事者としては、計5人出てくる(そのうちの1人は巻頭に似顔絵がない)が、まず読んでいて驚かされるのは、程度の差はあるにせよ、登場する5人の気持ちや考え方が、非常にポジティヴであり、また前向きに物事をとらえている、ということである。

 一般的に「障害」というと、どこか重たい、触れてはいけないものと考えてしまいがちである。そうなると当事者はもとい、その人に関わる人々も往々にして気持ちや考え方がネガティヴになったり、やたらと遠慮したりして、身構えてしまう。そのような考え方では、支援する側と支援される側というように、境界線が敷かれてしまい、真の相互理解が深まっていかないだろう。

 そうではなく、「君の見える世界はそのように見えるんだね。なんだか面白いね」と言うように、あいだに境界線を作るのではなく、お互いの差異を「面白がる」という視点が大切であると説く。

 しかし、一口に「面白がる」と言っても、一朝一夕にできることではないし、他の当事者が皆、ポジティヴに考えられているわけではないだろう。対話を丁寧に積み重ねていくことによってはじめて、信頼関係が構築され、お互いの置かれた立場を「面白い」と感じられるようになる。

 本書の中で、私が特に「面白い」と思った箇所がある。それは、その日食べるつもりのレトルトのパスタソースの買い置きを「くじ引き」や「運試し」の類で捉えたり、回転寿司において、回っているお皿を「ロシアンルーレット」と捉える、といったことである。

 確かに、パスタソースの袋も、回転寿司も、目の見える人が利用することを前提として設計されたシステムである。目の見えない人にとっては、何が出てくるかわからない、予測不可能な状態に置かれてしまう。その点では、不利である。

 そこで、状況のとらえ方を180度転換し、普通に考えればマイナスに働くような事象を、「運試し」とか、「ロシアンルーレット」のようにポジティヴに捉えるという視点には、率直に「面白い」と思った。と同時に、困難な状況で、かつ情報の制約を受けている時でも、それを逆手にとってユーモアに変化させるという考え方には、「そういう方法もあったか!」と素直に感動したのである。いわゆる世間一般の視覚障害者のイメージからはおそらく出てこない、でも当事者にしか発することのできない、生き生きとしたユーモアであろう。

 著者の当事者に対する接し方も、また絶妙である。当事者とインタビューしたり、ワークショップに出向いたり、はたまた何気ない会話をしているのだが、その言葉の端々に、相手を尊重しつつ、健常者と異なる視点に遭遇した時は、素直に「面白い」と感銘を受けていて、関係が常に対等であり、読者である私も引き込まれていく。そんな文体であった。

 最後に一つだけ、本書を読んでいて少し気になったところがある。

 それは、インタビューをしている人が6人と少ないことと、インタビューを受けている当事者が皆男性の方々であるという事である。

 インタビューアーの少なさは、おそらく紙面の都合であると思われるが、登場する当事者の方々はすべて男性であるのは、少々気になったところである。欲を言うならば、この中に、1人でも女性の当事者の意見も取り入れてみてもよかったのではないか。同じ視覚障害者でも、おそらく男女の違いで、見えない世界の捉え方も、少しづつ違ってくるのではないかと思うからである。

 もし、続編が出るならば、女性の当事者による、見えない世界の捉え方を、書き加えてみてもよいのではないだろうか。

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