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「百合」の神話

百合作品に男を出すな!

という声を、最近では滅多に聞かなくなりました。

私自身、かつてはその「声」の信奉者でした。

ですが、今は違います。

男が出ているかどうか、という尺度を持ち出すことはありません。


「百合」こそが。最強だからです。

最強。百・合・は・最・強。

男が出てきたところで、「百合」には勝てません。

主人公に彼氏がいたところで、「百合」には勝てません。

死別ですら、「百合」を引き裂くことはできません。

「百合」は最強です。

ヘテロエンドだろうが男だろうが、「百合」に勝つことはできないのです。


「百合」に対する、この強いメンタリティ。強靭たる信仰心。

これを持ち合わせていると、男性キャラクターに対する見方が変わります。

百合作品に出てくる男どもは、とてもかわいそうです。

誰が見ても負けるであろう試合に、全力投球してしまう。

奪われる運命にあるのに、それを愛し続けてしまう。

百合作品の男は、最弱です。最弱者男性です。

どうせ勝てないのに。どうせ絶望するのに。がんばります。

むしろ応援したくなります。


誰がどう見ても、「百合」の最強さは疑いようがありません。

では、その最強さは何に支えられているのでしょうか。

その秘密は、私たち観測者の頭のなかにあります。

「百合」の観測者は、何でもかんでも「百合」に変換したがる人たちです。

東にヘテロエンドがあれば、百合エンドの二次創作を作ります。

西にヘテロ作品があれば、不倫百合の幻影を読み解こうとします。

信教者たちが「神」という絶対存在を否定できないように。

私たちの脳みそは、「百合」を頑なに信じ続けるのです。

「百合」のつよさとは何か。

それは、私たちが「つよい」と信じつづけることのつよさなのです。


さあ、祈りましょう。

私たちの信じる、最強の「百合」のために。

ハーブティーの、盃を交わし合いましょう。

お布施のかわりに、百合漫画を買いましょう。

強く、しなやかで、決して見届けることのできない。

その「つよさ」に酔いしれるのです。


百合作品に男を出すな!


悪魔たちの囁きに、惑わされてはいけません。

正義は必ず勝つ。そこにいつでも悪がいるから。

私たちは負けない。勝つことのない「あなたたち」がいるから。

誰かの敗北こそが、彼女たちの「勝利」を規定しています。


その樹の下には、何者かの死体が埋まっています。

その血を吸い、分解し、すくすくと「百合」は育ちます。

干からびた身体のうえに立つ、強靭さ。

繭糸に結わえられた絶望。感性の断片。


これは、「百合」の神話です。

日ごとに埋没し、滅びゆくこの世界に生きる人のための神話です。

遠い昔。はるか彼方。伺いしることのできない遠さにおいて。

「百合」は、何者かを殺すことで生まれたのです。

その寂しさのうえに、咲くのです。

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