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ボランティアから地域づくり・まちづくりへ。さあ、漁師さんにインターンしよう、牡蠣のオーナーになろう、ホヤを食べよう! + 熊本地震直後の現地レポート

「渋谷時事問題部」2016年4月19日(火)15:00-16:00放送

【ゲスト】田山 圭子さん(写真中央)/ピースボート災害ボランティアセンター

―― 15時になりました。この時間は時事問題部ということで、最近よく目にするニュース話題を巡ってじっくり掘り下げていく時間になります。司会を担当させていただきますのはNPO法人サービスグラントの津田と小林です。

この時間はゲストに一般社団法人ピースボート災害ボランティアセンターの田山圭子(たやま・けいこ)さんをお呼びしております。まず田山さん、簡単に自己紹介いただいてもよろしいでしょうか。

田山:私が所属しているピースボート災害ボランティアセンターは、文字通り、災害ボランティア関連の仕事をしています。今回、熊本の地震が起こりましたが、災害が起きた際に、緊急支援に駆けつけたり、その支援のために必要な物の準備をしたり、また東日本大震災のように大きな災害の場合はその復興までの道のりも一緒に歩いていくというような活動をしている団体です。災害時だけではなく、平常時の防災や減災などのボランティアトレーニングから、いざ起きたときにどのような行動をしたらいいのかということをトレーニングするというような、活動も行っています。

―― 今日掘り下げていく話題のニュースは、今もお話しいただいた熊本地震です。先週14日以降、熊本県とその近郊で相次いでまだ地震が起き、その後も余震等が続いているような状態ですね。

田山:残念ながら40人を超える死者の方が出て、熊本県や大分県で3万人以上 が今も避難されていらっしゃり、家や街の状況がまだ災害の渦中にいらっしゃるので、立ち直りもいつからかなというのを心配しながら見ている状態です。

―― 田山さんが所属されているピースボート災害ボランティアセンターさんは、国内外の災害支援を行っていらっしゃいますが、今回の地震についてはどのように感じられ、団体の中でどのようにとらえられていらっしゃるのですか。

田山:今回は本当に大きな震災で、東日本大震災の際に私は東京にいたのですが、その際は震度5弱で、今熊本で起きている震災は、皆さんもよく御存知のとおり、大きな震度ですと7、その後も余震や更に大きな本震もあり、震度5を超える地震が1日に何度もやってくるというような珍しい震災です。すごく大きな余震が長く続いていますし、震災が起きてから2週間は大きな余震が来る可能性があると言われていますので、避難されている方々の心労がすごく大きいではないかなと思っています。私が経験した震度5弱の地震でも、ものすごく恐怖を感じましたから。また、今までに起こっている震災によってダメージを受けている建物等に避難をされていたりしますので、まずそのご不安の部分はとても心配です。

―― そうですよね。テレビを見ていても、地震の度に皆さん悲鳴を上げていらっしゃって、本当に辛いだろうなっていうのは見ていても思いますし、見ていてこちらもしんどくなるような感じです。今、ピースボート災害ボランティアセンターさんのFacebookページを私もフォローさせていただいているんですが、皆さんの活動を見ていると頭が下がる思いです。今回も先遣隊の皆様が現地に入られていて、現地の様子をアップしていたり、各ネットワーク団体の方とのお話し合いをスタートされているということを投稿されていたのですが、今、現地はどのような状況なのですか。

田山:いち早くと思っていますが、なかなかすぐには行くことができないので、まずは行って大丈夫なのか、どういった形で滞在をするのか、というような情報収集をして状況を把握した上で現地に入ります。今回は4月16日に朝に出発する予定だったのですが、そのとき本震が起きたので予定どおりの熊本入りができず、福岡の方から現地入りをするという流れで現地に入っています。先遣隊2名、16日から入っておりまして、本日もう1人いく予定ですが、まずは現地に着いて、最も震度が大きかった益城町やその隣の嘉島町等に入っています。そこで、被害の状況の把握ですとか、避難所がどのような形になっているのか、どういった形で移動ができるのか、私たちが自分たちの力を最大限発揮できるパートナーはどこなのか等をリサーチしています。今のところはまだここでこういった形で活動しますということは決まっておらず、調査を実施している段階です。

今回先遣隊からのいろいろ報告を聞いていて、いちばん課題だなと感じているのがやはり避難所の生活についてではないかと思います。先ほども申し上げました通り、余震が長く続いているので、それぞれの家にいられない状況にある方がとても多いです。電気、ガス、水道が全然通っていないというような状況もあり、住む場所が危険であるために、避難生活も長期化せざるを得ないという状況だと言えます。また安全が確保されている建物の場所も限られているので、先遣隊が行った避難所のうちのいくつかは本当に人がたくさんで、廊下にも人がいて、充分な物資がまだ行き渡っていないというところも多くありました。またそういった避難所に入れない方々に関しては、さらにその物資が届かないという状況もありますので、まず現段階では避難生活をされている方々の生活環境をいかに早く整えていけるかが、重要だということで進めていこうかなと考えています。一番は食事の面が難しい問題ですので、炊き出し等の支援を検討しているところです。

―― 田山さんは普段は東京にいらっしゃいますが、今後の施策に対する準備を行っていらっしゃるのでしょうか。

田山:私はいつも現場に行かなくて、ずっと東京にいるんです。まず、災害が起きますとほぼ日々の業務は停止せざるをえないんです。もちろん現場に行く方はすごく大変なんですけれども、実際に現地でのニーズが見つかったとしても、足りないものを充足できない場合がありますので、現地の方でこれが足りないとなる前にできるだけその支援活動が滞りなく進められるように資金面や物資を整えていくためにバックオフィスで最大限のサポートをしています。災害って本当に誰も、いつどこで起こるかがわからないので、起きてからお金集めないといけないんです。実際に動き出したときにそのお金があるのかと言うと、無いケースが多く、私たちの団体も東日本大震災で立ち上がっていますので東日本大震災以降いろいろな活動をしてきた中で、災害が起きたらすぐにその活動をサポートしていただける仕組みもいくつかはあるんですけれども、やはりそれだけでは十分には活動ができないので、できるだけ皆さんのご協力をいただきながら、現地のニーズに沿った、活動ができればと思い、頑張っています。

―― ピースボート災害ボランティアセンターさんのホームページ上でも今、活動支援金を募ってらっしゃいますよね。

田山:はい。そうです、是非ご協力頂ければと思います。

―― ネットで検索するとすぐ出てきます。私も昨日の夜早速、募金をしました。今このタイミングって、県外のボランティアがいきなり現地に行くのは控えてくださいというようなニュースが出ていたりするのですが、実際のところ、なかなかそこまでの対応ができるような状況ではないのでしょうか?

田山:そうですね。これだけ余震が続いてるところに、県外からたくさんの方が来ていただいても安全の確保が難しいのがまず第一の理由です。震災が起こってまだ本当に1週間も経っておらず、震災時はやはりその通常の物の流通がストップしますし、今の道路も土砂などで埋もれていたりもするので、なかなか通常通りに動けないケースが多いです。そこをできるだけ早く、物を届けたり等の整備はしていかないといけないんですけれども、ゼロからどこにどんな人たちが何人、それがどういった方なのか、お年寄りなのかお子さんなのか、透析が必要な方なのか、という情報を把握して、1日にどのぐらいの量のものをどれだけ持っていかなくてはいけないのかという仕組みを作らなければいけない。毎日そこに届けられる仕組み自体がまずできていないので、そこをまずは整えるというのはすごく時間がかかります。

今、SNSが東日本の時に比べても、すごく発達しているので、どこの避難所に物が届いていないとかってのがす東京の家にいても、瞬時にわかるようになっているんです。ですが、困っているから、ご飯を届けたいとか毛布届けたいというふうに言っても、先ほどのようにそのシステムが遮断されている。つまり、こちらから宅配便で送りましょうと言っても、それを届けるその血液がまだ循環していないので、小さな荷物たちが血管の中の遮断物となって詰まってしまっている状況なんです。時間の経過とともにはよくはなっていくと思うんですが、そういった状況ですと、システムが整った時には、送ったものが千個余っているっていう状況になりかねない。 まだ物ならいいんですけれども、食べ物ですと腐ってしまいます。整備をして避難所の生活環境が整い、物資が届くようなその仕組みと人員とかができた後に、はじめてそこで活躍していただくボランティアさんが必要になってきます。必要がないわけではないのでその血管が通るまで待っていただきたいと思います。

―― そういう意味ではまずは血液であるインフラが整って、ちゃんと現場の状況が把握した上で、というところが、重要になってくるということですね。

田山:はい。さきほども言った通り、ボランティアの一番の重要なことは自分の身を守ることなので、余震のこともしっかりと考えながら動きましょう。よくボランティア募集が、県内のみの募集から始まるんですけれども、それも先ほどのように集中してしまうと、オペレーションされる方自体がいっぱいいっぱいになってしまいます。例えばボランティア受付をするために3時間並んでいただいたのに結局今日の作業は終了です、という状況になり、すごく怒ってしまうボランティアさんが出てきたりするんです。それから、ボランティアの募集人数を増やすと、例えば、お問い合わせで、「何人で何時からと言われてるんですけど7時に合わないので8時からでもいいですか」なんていう電話が受付に10人も20人もかかってきてしまうと、受付業務が滞ってしまって、作業がストップしてしまったというようなこともあります。そのため、段階をもって県内の方からという形でどんどん外に広げていくという方針を被災地では大体取っていますね。

―― 思わず行っちゃいたい気持ちになっている人はたくさんいるんですけれども、行って、じゃあどうするんだということ、その後起こることはちょっと想像をめぐらすと、確かにお話を伺った通りだなと思います。でも、ちょっと遠く離れたこの地で何ができるのかということを考えている人って多いと思うんですけども、どういうふうなお役に立てる可能性があるのでしょう。ボランティアが始まるとしたら例えばいつぐらいになりそうなんですか。この先、私達ができることをお伺いできたらなと思うんですが。

田山:一般にサイト等の公式なボランティア募集は災害ボランティアセンターという、社会福祉協議会が主だった受け入れ先となって、やっていく場所になっていくのですが、災害ボランティアセンター自体も、普段からそういった業務をされている訳ではなく、地域の福祉の仕事等に関連したことをされているので、余り慣れていらっしゃらない方がすごく多いんですね。また、災害ボランティアセンターの方とかそういう行政の方とか自身も被災をされているので、一律にいつから始まりますというのはなかなか難しくて、行政やボランティアセンターさんがどれぐらいのキャパシティーがあるのかによって時期も変わってきます。今、物はないわけじゃないんですよね。物は届いているんですけれども、どこに物を仕分けするか、例えば、300人にいる避難所の2、3人お子さんがいらっしゃる避難所に、子ども用のものをこれだけ持っていこうっていう仕分けの部分に人が足りていないので、仕分けのボランティアが多分必要になってくるのかなと思います。今、仕分けに当たっているのは、ボランティアセンターよりも市役所の方とかが多いので、一般のボランティアさんを募集するかどうかはわからないんですが・・・。

ただ、皆さんボランティアに参加したいってお気持ちはすごくわかるんですけれども、例えば遠方からそちらに行った際にどこに泊まるのか、どうやってそこに行くのか、行ったときに車が借りられるのか、ガソリンはあるのかっていうことも考えてから動かないと、結局行った先で、自分自身が、要援助状態になってしまうと、通える県の方で…という話になってしまいます。もともと専門性を持っている方、地震等に慣れている方にまずはお願いをしたりとか、っていうところから入っていって、その後人手がすごく必要な時期はやってくると思いますので、ちょっと様子を見ながら、長い目で見ていただけるといいのかなと。

以前関東で水害があった時も、ボランティアが土日にすごく一極集中をして何時間も待たなければいけないとかいう時がありました。しかし、1週間過ぎると、作業はあるんだけど、人が足りないという時期がありました。ですので、本当に長い目で見ていただいて、常に関心を持っていただき、土日休みだけど、平日も休み取れるから、人手が少なそうな平日に行こうかなとか、工夫をしていただきながら、ボランティアの参加を考えていただければなと思います。あとはボランティアに行くことだけが支援ではないので、専門の方に託すことも支援なのかなと思っています。私の団体でも全然違う団体でももちろん構いません。それから義援金の形で今後を配られるお金でも構いませんし、お金の形で御協力をいただくということもすごく意味のあることなのかなと思います。物って物でしかないんですけど、お金って何にでも化けるんですよ。専門家を雇うお金にもなるし、そのときに必要なもの、現地で買ったら現地にお金も落ちるし、ということでお金は万能です。

―― 確かに支援金を託して、専門の人にお願いするとか被災地の方々が良くなるように、使ってもらうっていう考え方って非常に重要だなと思いました。

田山:皆さんの何かしたいという気持ちは現地の方にとって、すごく励みになると思いますので、すべてのバランスを見ていただいて動いて頂ければと思います。

―― Tポイントで全ポイントを寄付できるとか、ツールも結構いろいろ発達してきていますよね。

田山:私いつもクレジットカードのポイントをうっかりしてて、全部なくなっちゃうんですよ。なのでこういう時に使えばよかったなあってちょっと思いますね。

―― 先ほど長い目でというお話がありましたが、ピースボート災害ボランティアセンターさんの特徴として、東日本大震災が起こった直後だけでなくてその後も東北で非常にいろんな活動されていらっしゃるという印象があります。今年の春にピースボートセンター石巻を立ち上げられていらっしゃるので、今からは話を変えて、そういった長い目での支援の中の一つの活動の紹介ということで、石巻のセンターの御紹介もしていただいてもいいですか。

田山:はい。私が所属しているピースボート災害ボランティアセンターは、もともとピースボートという国際交流をしている団体から、東日本大震災を契機に、災害支援を専門にする一般社団法人として立ち上がりました。その緊急期の支援から、今年の3月まで5年間にわたって、東北現地での活動をしてきました。5年経つという節目も勿論あるんですが、「東日本大震災」というキーワードで興味を持っていただいて御支援頂いていたのが、報道等が減ったこともあって、支援金・助成金がだんだん少なくなってきています。でも、現地では、5年経つ今もまだまだ仮設住宅にずっと住まわれている方、あと3年間は仮設に住んでなくてはいけないことが決まっている方もいらっしゃり、復興の道のりはまだまだなんですね。ですが、ピースボート災害ボランティアセンターとしての活動については今年の3月をもって区切りをつけようということになりました。震災後の5年間、災害からの復興だけでなくて、もともと地方が抱えてきた問題、例えば、高齢化や過疎化、シャッター街の問題や、人口減等問題に一緒に取り組んでいくという活動もしていました。そういった問題に取り組むとなると「ボランティア」というよりは、地域づくり、まちづくり、あとは漁師さんの浜でのお仕事などの支援に関わったりしてきていたので、今後やっていくに当たってはもう地元の団体として一緒にその地域の課題を解決していこうと思ったんです。災害自体は、本当に不幸な出来事だったんですけれども、震災を機に、新たなきっかけとして、その町に住むようになった、若い方や、移住した方とかもいらっしゃって、もとに戻すというよりは新しい価値を一緒に作っていくことによって、そのもともとの課題の解決に寄与していこうと思い、2月29日に登記をして、ついこないだ4月に引っ越しをして、ピースボートセンター石巻という形で一般社団法人として独立をしました。

―― では、東日本大震災以降、復興が完全とは言えないですけども、徐々に東北がよくなっていく中でもっと地域づくりとか地域の課題を解決していくための団体として立ち上げられたということですね。実際にどんな活動をされていらっしゃるか、詳しく教えていただいてもよろしいですか?

田山:今までやってきた活動の延長と言うか、それを発展させていく形にはなるんですが、大きく三つの活動があります。

一つ目は「イマ、ココ プログラム」です。ちょっと変わった名前なんですけれども、先ほど言ったその地域課題の中に漁師さんの担い手不足という課題があり、息子さんはいたけれども外に出て行ってしまったとか、後継ぎがいませんとか、日々の作業する人手が足りないとか、浜自体が災害にあってもうなくなってしまっていて、漁をするにしても通いで来なくてはいけないという不便から浜を出て行ってしまった方々が多いとかで、漁師自体の数もすごく減っています。担い手不足の漁師さんのところにもともとはボランティアが派遣されていたんですけれども、漁師となると生業ですので、今はボランティアという形ではなくて、海外でよくあるファームステイのような形にしています。ファームステイは、労働力を提供する代わりにそちらで宿を提供してもらい、御飯も提供してもらい、お互いwin-winの関係で農作業をしていくんですけれども、それの漁業版が「イマ、ココ プログラム」です。最低1週間、浜に来て働いていただく代わりに、宿を提供し、御飯も提供し、たまに漁師さんがどこかに連れてくれたりとか。そして浜の魅力を知る。漁師さんは忙しい漁業の作業を手伝ってもらえるというwin-winの関係です。

―― ある意味、インターンみたいな、感じですね。参加者の人はどういう人が参加するんですか。

田山:1週間という期間ですので、海外ですと結構休み取れるんですけど日本だとなかなか1週間の休みの取れる方は少ないので、学生さんが多いですね。ただ学生さんの休みのときと、その漁業の繁忙期の時期がそんなにマッチしない、という課題もあります。

―― 繁忙期というのは大体どのぐらいなんですか。

田山:それは漁にもよるんですが、種つけであったりとか、収穫であったりとか、牡蠣だと殻むきであったりとか、いろいろあるんですが、繁忙期と休みがあうときもあるんですけどそうじゃないときもあります。そこで、できれば今後は漁業に興味がある人や地方に移住をして見たい人などいろんな方に来ていただいて、お試しとして、浜での暮らしってどんなものなんだろうということがわかっていただけるようなきっかけとしても、使っていただきたいと思っています。当団体だけではなくて、移住定住を促進する取り組みをされている県の方や市の方とかもとも連携をしながら、「来ちゃう!?石巻」みたいなきっかけとして、活用していってほしいなと思っていますので、今年はさらに力を入れていこうとしています。

―― 何かお試し期間があるっていいですね、ちょっと新しく海の生活やってみるかってふわって思ったとしても、両足でジャンプして現地に行ってもやっぱだめでしたって帰るとお互い悲しいんだけども、あうかあわないかを試せるって大事ですよね。

田山:そうですね。どこの地方自治体でも移住定住に力を入れていますが、私は受け入れ側の受け入れ力を育てることがすごく重要だなと思っています。県外から来る人って便利屋さんじゃないんです。いろいろ自分たちが描いている理想の図とかもあるので、受け入れ側が「若い人に来てもらって、子どもを産んでもらえれば」みたいな感じではなかなか上手くいきません。外から来た人は価値感も違いますし、生活とかも少し違ったりもするので、新しい人たちとどうやって一緒にうまくやっていくのかを、「イマ、ココ プログラム」を受け入れるようになった漁師さんたちは考えて、受け入れ力がどんどん育っているように感じます。「あのよその人なんだべや」みたいな感じじゃなくて、「お試しで来てるのね今日も」みたいな感じで外の人が来ることに慣れると言う意味でも、受け入れ側・受け入れられる側双方にとってお試しができるのかなと思います。

―― では二つ目をお願いします。

田山:2つ目は、「牡蠣の輪 」というものがあります。これは、牡蠣のオーナー制度ですね。

牡蠣のオーナー制度は「イマ、ココ プログラム」とも少し共通点があるのですが、震災後、広島など色々な牡蠣の産地でやっていますが、より産地や浜のことを知ってほしいと思っています。誰が、どういうふうに牡蠣が育てているのかを知っていただいて、オーナーになって届くまでの間に浜の様子や牡蠣の成長の様子を知ってもらうという機会にすると、食べるだけではなくて、お子さんがいるご家庭でしたら食育にもなりますし、スーパーで並んでいる牡蠣がどれだけの手間をかけて育ってきているのかを知るきっかけにもなります。

―― 食卓に上った時に「これがあの牡蠣か!」っていう感動が違うような気がしますね。

田山:そうですね。遠隔地だけではなくて実際に浜に訪れる機会も提供する仕組みになっています。実は私この間、浜に行ってきたんです。今まで私は担当ではなかったので、漁師さんと挨拶をしたり、名前を聞いたりということはあったんですけど、浜に行って初めて漁師さんと一緒に牡蠣の殻剥きの仕方も学んだりとか、漁師さんが着ているエプロンもつけたりしました。半日だったんですが、行ってみて、浜ってこういうとこなんだ、漁師さんってこういう人たちなんだとしるきっかけになり、すごく親近感がわきました。もう「牡蠣ならまあ鬼ノ浜ででしょ」って言えるほどに。(笑)オーナーになった方は「マイ牡蠣なんだけど~」みたいな感じで、一年半楽しんでいただけるのかなと思います。

―― 結構牡蠣の数が多いって以前お伺いしたのですが。

田山:そうですね、最低50個くらい送られてくるんですが、100個のコースもあります。届いた暁には、お家でパーティーしていただいてもいいですしね。実は50個ってそんな大したことなくて、私この間の牡蠣ツアーは50個食べようってもう目標立てたんですけど、結果、41個食べました。

―― 40個牡蠣って食べて大丈夫なんですか?

田山:一応健康です、私。

―― お鍋とかに入れてしか牡蠣を食べたことがないので、40個っていうのは何の料理でそんなに食べたんですか?

田山:牡蠣づくしですね。朝からまずこんなにでっかい、握りこぶし2つ分ぐらいのおにぎりと、そこに牡蠣は入っていないんですけど、牡蠣入りのお味噌汁を頂きました。

―― 贅沢ですね。

田山:そうなんです。その後、焼き牡蠣を殻のまま焼いて頂いたのと、あとお昼に漁協の婦人部の方々が腕によりをかけた牡蠣料理を作ってくださいまして、牡蠣炊き込みご飯、すまし汁、牡蠣の佃煮、春巻き、それから定番のカキフライ等牡蠣のフルコース。

―― マイ牡蠣って言いたい。

田山:100個コースをお勧めします。

―― 大体幾らぐらいからスタートできるものなんですか。

田山:オーナーは17,500円ぐらいだったと思うんですけど。

―― でも50個くるならばお安いですね! しかもそれをマイ牡蠣って語れちゃうステータス付きですもんね。

田山:名前が入っているオーナープレートが養殖(牡蠣)の方にもついてますし、ご自身にも送られてきます。1ヶ月に1回、育っている牡蠣や浜の様子をレポートさせていただくので、成長日記を楽しんでいただくことが出来ます。

これも漁師さんの生活を支えるすごく重要な取り組みでして、というのも牡蠣に限らないんですけど、海産物って大体漁協を通じて皆さん販売をされているので、市場価格ってすごく左右されやすいんですよね。例えば他の地域ですごく大量に取れたら、普段の半値以下になってしまったりして収入が全然安定しない。震災以降、借金をして建て直しをされている方は返済をしなくてはいけないので、すごく頑張って量を作って収入を上げていくしか道がない。そうではなくてやはり高品質なものをつくり、作ったものを必ず買ってくれる方がいれば、自分のその先の商売や育て方など先の見通しが立てやすくなります。つまり、オーナー制度は漁師さんの生活を安定させる、品質の高いものをつくる取り組みを促進するという意味ですごく意味があるものなのです。ぜひ買ってください。

―― 支援しながら、すごくおいしいカキが楽しめるって重要なポイントだなと思います。もう一つ、田山さんといえば、ホヤですよね。

田山:はい。3つっていったうちの1つがホヤなんですね。

―― もう事業として3本柱のうちの1つなんですね

田山:3本柱にして頂きました。

―― ホヤってなんでしょうか?

田山:ホヤは海産物です。見たことありますか?

―― 写真あります。ピンク色のつんつんしたものがたくさんついていますよね。あれは角ですか?

田山:ホヤ坊やっていうキャラクターとかもあるんですけど。そっちの方がメジャーじゃないか(笑)。実はこちらですとスーパーでもホヤ貝と言われて売っているんですが、分類的に言うと、人間に近い脊索動物という、動物です。背骨ではないんですが背中に空洞の1本の線を持っている。一生のうちに1回でもそういったものを持っている動物ということで、人間に近い分類がされています。

―― なんか、無理やり親しみを持たせようと画策してませんか?(笑)

田山:幼少のころは、オタマジャクシのような形をしてます。一度着床しますと、しっぽが退化をして、イソギンチャクみたいにゆらゆらしながら栄養を+から水を吸い込み、-から吐き出すことでプランクトンを栄養素にしながら大きく育っていくという、かわいい動物です。

―― 美味しいという話もお伺いしましたが。

田山:実はあまりメジャーじゃない理由が足がすごく早くいんです。味の変化が激しくって、独特の味が好きという方ももちろんいるんですけれどもすごく強い味が出てきてしまう。それで苦手意識を持っている方がすごく多いんですが、東北ではすぐに獲ったものが食べられるのでファンが多い食べ物です。宮城県が生産量の80%を占めてまして、今までは韓国に70%輸出していたので、なかなか関東とか関西には出回らない珍味でした。旨味・甘味・酸味・苦味・塩味の5つの味を持つ非常に珍しい食べ物です。私の経験則で日本酒好きな方は食べていただくと95%好きですね。

―― 多分私は好きです。食べたこと、見たことはないんですけど。

田山:そうですか。じゃあ今日持ってきているのでどうぞ。

―― どんな味がするんですか?

田山:うーん食べてみます?

―― 是非是非。じゃあ開けて頂いている間に、なぜそれが3本目の柱なのかを聞きましょう。

田山:宮城県が生産量の80%を占めてるんですが、震災によって、養殖のホヤが全部落ちてしまったんですね。育つまでに3年かかるので震災後3年かけてようやく復活したんですけれども、韓国が70%を仕入れていたのが、震災以降を韓国は、東北を中心とした8県からの水産加工物の輸入を全面ストップしてるんです。3年かけて育てた、海産物の7割の消費先がないということでホヤの漁師さんすごく困っていまして、値がつかないともう捨てるしかなくなってしまうので。

ただ、生産量の80%を占めるモノが売れれば、それはすなわち宮城県の復興につながります。韓国がもちろん輸入を開始してくることもちろん望ましいんですけれども、一国に消費先を頼るのはリスクが高いので、国内でも美味しくみんなに食べてもらうということ広めていきたいということです。

―― ホヤ親善大使ですね。今いただいたこれは干物?

田山:これはさきホヤといいまして、さきイカと同じで、プレスをして、塩だけなんですよ。今お茶を目の前にありますから飲んでみてみると、甘くなります、お茶が。

―― 旨みがすごいですね。今すぐ誰かに日本酒を持ってきてって言いたくなるような。

田山:はい。なので嫌いな人は嫌いなんですけど好きな方はこの唯一無二の味に魅せられます。東京でも食べていただくと、「どこで食べれるの?」ってよく聞かれるんですけど、足が早いというのもあり扱ってるお店が少ないんです。ただ、チャレンジして扱おうとしているお店の情報を発信することで、ホヤ好きの方に届けていきたいですね。お店で出していただいたら、後ろにははやほやほや学会員2000人がいます、安心して下さいといったような感じで、ホヤを広めるネットワークというを作っていこうと思います。牡蠣と違って元々商品があってそのシェアを頑張って広めるということではなくて、食べる食文化自体を広めていく、浸透させていくことが必要なのかなと思います。

ほやほや学会はFacebook で情報発信をしていますので、「いいね!」を押していただくとすなわちほやほや学会員になります。先ほど少しサバを読みましたね、まだ1,500人程度しかいないです。今日ちょっと増えるかな。(笑)

―― 渋谷のラジオをお聞きの皆さま、ぜひ、学会員にご参加いただければと思います。

そろそろ終わりの時間が近づいてきました。今日は、被災地支援をテーマに熊本の大地震に関してすぐにできる支援と東日本大震災の災害のしばらくたった後に楽しみながらの支援の仕方というのも教えていただきました。ぜひ皆さんも、できるところから協力いただければなと思います。

本日はお忙しい中ありがとうございました。

【聞き手】津田詩織さん・小林智穂子さん(サービスグラント)、片柳那奈子さん

【テキストライター】谷口 理沙さん

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