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【中国SF】 陳楸帆『荒潮』に読む、絶望

見ましたか? 先月の第3回世界S F作家会議。

なんだろう、コロナ禍で3回目なんだけど、続いているのが素直に嬉しい。そして今回は、会議そのものにチェン氏が登場したので、昨年読んだ本だが陳楸帆(チェン・チウファン)『荒潮(あらしお)』を紹介しておく。

日本では去年に書籍化されたが、作品そのものは7年前、2013年の長編デビュー作だ。著者である英名スタンリー・チェンこと陳楸帆氏は、1981年広東省(中華人民共和国)生まれで、なんと米国Googleでのキャリアもあり、しかもイケメンだ。

この作品、S Fとしてはサイバーパンクというサブジャンルに分類される。1980年代に流行したサイバーパンクの世界観は、当時“Japan as No.1”ともてはやされた日本の大都市の景観にも影響されているという。しかし、この作品の舞台は、中国南東部にあるとされる半島、電子ゴミのリサイクルが行われている行政区だ。日々、電子ゴミから資源を探し出して暮らす最下層民である“ゴミ人”の少女、米米(ミーミー)が主人公である。

チェン氏はWIREDのインタビュー

「S Fこそが人々に現実を認知させられる、最も強力な“認知のフレームワーク”である」

と語っている。作品を通して、もし自分が主人公のような“ゴミ人”だったら?と登場人物の「絶望」に感情移入できるわけだ。チェン氏の指摘のとおり、コロナ禍でさらに広がっているという格差にしても、絶えない紛争や未曾有の地震にしても、現代社会の「絶望的な現実」を認知するのにS Fって向いている気がする。決して絶望する当事者にはなれないけれど、誰もがそういう現実を見て見ぬふりしないようになりはしないかな。一方で、僕ら自身も大なり小なり絶望感にさいなまれることもあるだろうし、その時にいかに立ち上がるかは、こういう読書行為が役立つ気もする。

また、作品タイトルの「荒潮」とは何か? その謎は徐々に明らかにされてゆくので、楽しみにしながら読み進めよう。そして作品全体を通して、この「」も重要なモチーフになっていることにも注目してみると面白い。観潮海岸という地名しかり、漁民が幾世代にもわたって蓄積した知恵という潮占いしかり。そして、こんな描写まで登場する。

観潮亭は唐代の文人韓愈が建てたと伝えられる。(中略)建物の外にはかつて石碑が建ち、韓愈の手筆で「潮を観る者は天下を知り、仁徳を懐く者は果報を興む」と刻まれていたという。

この作品の発表は2013年だが、まさにグローバルで中国という国に対する見方の「潮目」が変わったのが2010年代だ。当時の若いチェン氏はそういう新時代の「潮流」を肌で感じていたのだろう。もちろんそれは2021年の今に通じている。ぜひ本書を手にとり、彼の語り口で、単にフィクションとも言い切れない物語設定から社会課題における危機的な絶望をひしひしと感じながら、現代中国作家が発する時代の“荒潮”に巻き込まれてみてはいかがだろうか。


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