きゅうり袋

ヤングきゅうりの誘惑

これは、反則ではないのか。
スーパーの野菜売り場で
私は動けなくなってしまった。
「大きくなれなかったけど おいしいきゅうり」。
かわいらしい書体でそう書かれた袋に
細くて小さいきゅうりが詰め込まれていた。

そうか。
間引きされちゃったんだね。
デキのいいヤツをよりおいしく、
よりまっすぐに育てるために
あなたたちは大きくなれなかったんだね……。

公園に捨てられたいたいけな子犬に
うるんだ瞳で見上げられ、
キュ~ン……と鳴かれたような気分だ。

これを買わずにいられるだろうか。

私は心の中で絶叫した。
大丈夫。私ができるだけのことをするから。
あなたたちは間引きの犠牲者なんかじゃない。
小さくたって
曲がってたって
一人前のきゅうりとして
光り輝いて生きていく価値があるのよ!

気分はもう、マザーテレサだ。

あなたたちは、すばらしいきゅうりだよ。
1本1本が、完璧な存在だよ。
溢れそうな涙をこらえ、
最大の敬意をはらいながら
私はきゅうりを調理した。

食べてみた。

おいしい。

皮がやわらかく、みずみずしいのだ。
これはおそらく……
若採りのせいだろう。

私は思わず、心の中でつぶやいた。
いやまったく、
きゅうりと娘は、若いのに限るのう。

自分の本質はマザーテレサなのか、
助平な殿様なのか。
よくわからなくなってきた。

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