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【現代演劇の現在地】ミロ・ラウのマニフェストについて

現代演劇ってなんなんだろう?日本のいまの演劇を見ても、多くの人が様々なことをやっていて、何が新しい/古いのか、何が面白い/面白くないのかが全くわかりません。

2019年には新国立劇場の芸術監督、小川絵里子が「ことぜん」シリーズを企画しました。世界全体に広がる格差の拡大と、いまだ止むことのない圧政を背景に、さまざまな時代における個人と社会の関係を考え直す作品を相次いで上演しました。これについても、絶賛の意見から批判的な意見まで様々です。ですがなんで意見が分かれるのか、いまいち言語化できません。

そこで、混乱している演劇の現状を相対化する一助になればと、ここでは海外の演劇動向を見てみたいと思います。


2018年3月にミロ・ラウがオランダの劇場、NTGentの芸術監督に就任し、そこで劇場における演劇制作についての10のマニフェストを提出しました。しかし日本ではほとんど注目されていなかったので翻訳したいと思います。

キャプチャ

なおマニフェストの翻訳はすでにSofia D.さんがツイッターにてあげており、これを参考にしました。

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翻訳の際は「リハーサル」という語など、日本と海外では用語の指し示す対象にずれがある語もあるため、極力日本のイメージに近い言葉を選びました。原語も記載しておくので参考にしてほしいです。


1:それ(演劇)はいまやただ世界を描き出そうとするものではない。世界を変えようとするものだ。(演劇の)目標は、リアルを描写することではなく、上演それ自体をリアルのものにすることである。
ONE: IT'S NOT JUST ABOUT PORTRAYING THE WORLD ANYMORE. IT'S ABOUT CHANGING IT. THE AIM IS NOT TO DEPICT THE REAL, BUT TO MAKE THE REPRESENTATION ITSELF REAL.

2:演劇は製品ではなく、制作過程である。調査、配役、稽古およびそれにかかわる議論は公的に開かれていなければならない。

TWO: THEATRE IS NOT A PRODUCT, IT IS A PRODUCTION PROCESS. RESEARCH, CASTINGS, REHEARSALS AND RELATED DEBATES MUST BE PUBLICLY ACCESSIBLE.

3:著作権は、彼らの役割が何であれ完全に稽古やパフォーマンスに関わった人達にある。それ以外の誰のものでもない。

THREE: THE AUTHORSHIP IS ENTIRELY UP TO THOSE INVOLVED IN THE REHEARSALS AND THE PERFORMANCE, WHATEVER THEIR FUNCTION MAY BE - AND TO NO ONE ELSE.

4:古典を言葉通り脚色して上演することは禁止である。本や映画、あるいは演劇であれ(翻案の)源となるテキストは、企画の足掛かりとして使用し、最終上演時間の20%までしか占めてはならない。

FOUR: THE LITERAL ADAPTATION OF CLASSICS ON STAGE IS FORBIDDEN. IF A SOURCE TEXT – WHETHER BOOK, FILM OR PLAY – IS USED AT THE OUTSET OF THE PROJECT, IT MAY ONLY REPRESENT UP TO 20 PERCENT OF THE FINAL PERFORMANCE TIME.

5:最低でも稽古時間の4分の1は劇場の外でおこなわれなければならない。演劇が稽古されたり上演された場所はどこでも演劇空間なのだ。

FIVE: AT LEAST A QUARTER OF THE REHEARSAL TIME MUST TAKE PLACE OUTSIDE A THEATRE. A THEATRE SPACE IS ANY SPACE IN WHICH A PLAY HAS BEEN REHEARSED OR PERFORMED.

6:それぞれの制作において少なくとも異なる2言語以上が舞台上で発話されなければならない。

SIX: AT LEAST TWO DIFFERENT LANGUAGES MUST BE SPOKEN ON STAGE IN EACH PRODUCTION.

7:最低でも2名の出演者はプロでない俳優にすること。動物はカウントしないが、歓迎する。

SEVEN: AT LEAST TWO OF THE ACTORS ON STAGE MUST NOT BE PROFESSIONAL ACTORS. ANIMALS DON'T COUNT, BUT THEY ARE WELCOME.

8:舞台装置の体積が合計20㎥を超えてはならない—つまり、普通免許で運転できるバンに積み込めなければならない。

EIGHT: THE TOTAL VOLUME OF THE STAGE SET MUST NOT EXCEED 20 CUBIC METRES, I.E. IT MUST BE ABLE TO BE CONTAINED IN A VAN THAT CAN BE DRIVEN WITH A NORMAL DRIVING LICENCE.

9:最低でも1シーズンに一つの制作は、紛争・戦争地域において稽古または上演されなければならない。ただし文化施設を用いずに。

NINE: AT LEAST ONE PRODUCTION PER SEASON MUST BE REHEARSED OR PERFORMED IN A CONFLICT OR WAR ZONE, WITHOUT ANY CULTURAL INFRASTRUCTURE.

10:どの制作も少なくとも3か国、10か所の場所で披露されなければならない。どの制作も、これに達しないうちにNTGentのレパートリーから外すことを禁止する。

TEN: EACH PRODUCTION MUST BE SHOWN IN AT LEAST TEN LOCATIONS IN AT LEAST THREE COUNTRIES. NO PRODUCTION CAN BE REMOVED FROM THE NTGENT REPERTOIRE BEFORE THIS NUMBER HAS BEEN REACHED.



解説

このマニフェストは大きく3つに分かれてます。
1と2は基本方針を述べており、3から7は彼らが目指す演劇づくりに対しての具体的な方策を、そして8から10は演劇のツアーについての考え方を示しています。

ここでは、ラウが示している基本方針を読むことで、ラウの演劇、そして今後の演劇の流れを考えていきたいと思います。


1:それ(演劇)はいまやただ世界を描き出そうとするものではない。世界を変えようとするものだ。(演劇の)目標は、リアルを描写することではなく、上演それ自体をリアルのものにすることである。
ONE: IT'S NOT JUST ABOUT PORTRAYING THE WORLD ANYMORE. IT'S ABOUT CHANGING IT. THE AIM IS NOT TO DEPICT THE REAL, BUT TO MAKE THE REPRESENTATION ITSELF REAL.

2:演劇は製品ではなく、制作過程である。調査、配役、稽古およびそれにかかわる議論は公的に開かれていなければならない。
TWO: THEATRE IS NOT A PRODUCT, IT IS A PRODUCTION PROCESS. RESEARCH, CASTINGS, REHEARSALS AND RELATED DEBATES MUST BE PUBLICLY ACCESSIBLE.


 1の肝は「上演それ自体をリアルなものにする」という言葉です。ここでいうリアルとは、いわゆる自然主義演劇のことを指すわけではありません。
 これを詳しく解説していくにはrepresentationという語の意味合いを見ていかないといけません。
 representationを語源になるべくそって訳せば、再び(re-)、目の前へのあらわれ(present)、るようにすること(-ation)という意味で、哲学や美学の領域では再現前(化)という言葉がよくつかわれています。

 演劇の上演(representation)といった場合、次のことを前提としています。つまり、演劇とはある出来事に直面した登場人物を、「再び目に前に現れるようにすること」であるということです。その点で「演劇は模倣の芸術である」とアリストテレスは言っています。

 しかしながら、演劇の再現前化という役割は、現代様々なメディアが溢れている時代には時代遅れのものと考えられています。そこでラウは、上演(representation) 自体を、現実に対して直接作用するリアルなものとして捉えなおそうと宣言しています。

 その考えのもと、ラウは演劇を作品として閉じたものではなく、制作過程であると考えなおし、これを公的に開いていくことを宣言しています。
 つまり録画されDVD化されたものが作品なのではなく、そのための調査や稽古も含めて演劇の作品なんだと宣言しています。作品というもののとらえなおしは、現代アートにおいてもさかんに実践されているものですが、ここでは触れません。気になる人は参加型アートや、コラボラティブ・アートと調べてみてください。

 長くなったので今日はこの程度にしたいと思います。具体的なラウの試みは、彼の実作を見る方がわかりやすいと思いますので以下にリンクを張っておきます。

Orestes in Mosul (モスルのオレステス)

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「コンゴ裁判」(2019年のあいちトリエンナーレでも紹介されています)
http://www.the-congo-tribunal.com/

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