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マークの大冒険 古代エジプト編 | ホルスの顕現


前回までのあらすじ
新発見したサッカラの墳墓から、天空神ホルスを封印した器を発見したマーク。だが、その結果、調査隊は盗掘の疑いでキャンプに拘束。マークたちは宿舎に閉じ込められることとなった。マークはこの事態に責任を感じ、ホルスの声に誘われて夜の遺跡に侵入したことをひどく後悔する。だが、その一方で自分だけが目にした遺跡の秘密を記憶がまだ鮮明なうちにノートに書き出しておくことにした。


満開のソメイヨシノによって桜吹雪に巻かれる学校。春の柔らかい日差しが暖かく、緩やかな風が心地好い。そんなある日、マークが母校で講義を行っていた。赤煉瓦造りの美しい校舎はノアの方舟をモティーフにしており、文献に登場する方舟の寸法と合わせられている。校舎の教室には聖母子を描いた大きなステンドグラスがあり、そこから入る日差しが教室の床を虹色に照らしていた。高い天井を持つ大教室には200名を超える学生たちが腰掛けている。授業の表題は「古代エジプト史概説I」。マークの背後にかかった巨大なスクリーンには、ギザの三大ピラミッドの映像が映されている。

「では、どうして古代エジプトについて学ばなければならないのか?」

学生たちはその質問に黙りこくり、その多くが下に俯いた。

「それは、生きる力を養うためだ。古代エジプトは、今と繋がっている。古代エジプトには様々な知恵、人間関係を乗り越える手段、そして、生きるとは何なのか?という疑問の答えが用意されている。この教室には研究者を目指している者と、そうでない者がいると思う。だが、これだけは言える。目指す夢は違えど、必ず古代エジプトの学びは糧になると約束しよう」

「マーク教授。先生のようになりたいと思って入学を志望しました。どうやったら、先生のように研究者の道に進めるのでしょうか?」

教室の最前列に座っていた学生がマークに質問を投げかけた。教室は一瞬ざわつき、質問者の学生に視線が集まった。

「いい質問だ。そして、それはとても難しい質問でもある。一般的な方法としては学部を卒業した後に修士課程へと進み、そこで専門を決めた後、さらに博士過程へと進む。だが、修士と違って博士の道はとても険しい。ここで心折れる者は多い。ある程度のストレス体質も必要とされる。罵倒や非難に打ち勝つ屈強な精神、そして己を信じ続ける信念を持つことだ。博士課程を卒業した後は、母校ないし他校で非常勤のポストを得る。ポストの獲得はとても難しい。実力を付けておくことはもちろんだが、在学中から学会などに積極的に参加してコネクションをつくっておくこも大事だろう。そうして非常勤講師の傍ら自身の研究に取り組み、助教、教授などを目指していく。以上が一般的なプロセスだ。その中で必要なのが、とにかく論文を出すこと。それが大事だ。始めのうちは評価されなくていい。それでも数を出すんだ。だが、今述べた内容の前に、まずは在りたい自分の姿をしっかりと強く想像すること。それができないうちは、自己の怠惰に負ける。この世界は狭き門で、望めば万人に門戸が開かれているわけではない。だが、強い意志の先には必ず道が開かれる。ボク自身、ストレートで今ここに立っているわけではない。きっと誰よりも遠回りをした。夢を叶えられないのが運命だとさえ、ある人には言われた。だが、ボクはそれでも諦めなかった。それはなぜか?古代エジプトの世界が好きで仕方なかったからだ。好きこそは、全てを凌駕する。もし、この中にボクの後に続く者がいるとするなら、喜んで歓迎しよう。その道はとても険しいが、これだけは保障する。どんなに折れても、挫けても、古代エジプトについて探求することは楽しい。それだけは決して変わらない。そして、たとえ研究者の道に進めなかったとしても、大学時代の交友関係や学びが卒業後にキミたちの大きな資本になることは間違いない」

「ありがとうございます」

質問者の学生が礼を言って着席した。

「この中に研究者を希望している者は?」

教室に複数の挙手者が見られる。先程の学生のように、中にはマークの講義を受けるために入学して来た者もいる。彼の講義は大学のひとつの名物になっており、オープンキャンパスやメディアなどでそれを知って入学を志望する者も多い。

「今年は例年にも増して志望者が多くて嬉しい限りだ。この講義は古代エジプト史の概説となる。前期のIでは初期王朝時代から新王国時代まで、後期のIIでは末期王朝時代からローマ支配時代までを学ぶ。だが、エジプトを知る上では古代ギリシア・ローマについても深く知る必要がある。エジプトにまつわる記録の多くを彼らが書き記しているからだ。よって、ボクの授業ではギリシア・ローマについても触れていく。ヘロドトス、プリニウス、ストラボン、ディオなど、多くの著述家がエジプトに関心を寄せ、有益な記録を残してくれている。興味のある者、本気で研究を目指している者は、この先ボクのゼミを専攻すれば、徹底的に鍛え上げると約束しよう。文献の調べ方や論文の書き方はもちろん、望めば発掘調査にも連れて行く。そして、古代エジプトについて知るには、何にも増して古代エジプト語の習得が最優先となる。言語なくして彼らを知り得ることはない。古代エジプト語は幸いにもシャンポリオンによって解明され、ガーディナーによって文法教育が普及した。ボクの授業では、古代エジプト語文法I・IIを開設している。Iでは古エジプト語、中エジプト語、IIでは新エジプト、コプト・エジプト語の文法学習を行い、キミたちにはエジプト・ヒエログリフ、ヒエラティック、コプティックというエジプト語を表記するための書体もマスターしてもらう。運命はきっと変えられる。抗え、諸君。現状に、そして己の怠惰に。」



🦋🦋🦋



マーク、18歳。エジプトにて________。
これはボクと師匠、そして、天空神ホルスの物語。



「しかし、困ったもんだ。取り調べのために外出が許されないとは。発掘調査が全く進められない。」

マークがそうぼやいていると、デスクの引き出しがガタゴトと動いていた。

「何だ!?」

マークが恐る恐る引き出しを開けると、青白く光る片眼の護符が飛び出して来た。それはマークが昨晩遺跡で目にした天空神ホルスを閉じ込めた器だった。

「おいおい、どうなってるんだ!?」

「よう、マーク。礼を言う。外の世界に出たのはどれほどぶりだろうな。だが、ちくしょう。この器に閉じ込められたせいで身体を失った。おい、お前協力しろ」

「何を言ってるんだ?」

「俺の身体を取り戻すために協力しろと言ってるんだ」

「身体を取り戻して、それでその後どうするのさ」

「決まってるだろ。この世界を支配する。俺とお前が組めば容易いことさ。富、女、地位、名誉、望むものの全てが手に入れられるぞ」

「ボクはそんなことに興味はない。やるなら勝手にやれ」

「おいおい、忘れてないよな。俺とお前は既に契約を交わした仲だ。これからは運命共同体ってわけさ。だから俺の言うことを聞け」

「キミの命令に従う筋合いがない」

「なら、取引しよう。お前は今、このキャンプに閉じ込められて困っているようだな」

「ああ、キミのせいだ。キミのせいでボクらの研究も、仲間たちの行く末も滅茶苦茶だ」

「なら、俺がそれを解決してやろう」

「何!?そんなことができるのか?」

「俺は神だぞ。人智を超える。何だってできるさ」

「......」

「どちらにせよ、今のお前にできることは俺に頼ることだけだ」

マークは宙に浮かぶウジャトの護符を手に取り、まじまじと眺めた。

「どうすれば良い?」

「俺の顕現をイメージして願えば良い。それだけだ」

「分かった」

「いいぞ」

「力を貸してくれ」

マークがそういうと周囲に突風が吹き始めた。風はどんどん強くなり、マークの部屋の窓が割れる。

「おい、どうなってる?部屋を破壊するつもりか?」

突風は竜巻となり、マークの部屋の屋根が吹き飛んだ。そして、家具から壁まで全てを吹き飛ばしていった。竜巻の勢い収まることはなく、さらに勢いを増し、宿舎を飲み込み吹き飛ばした。

「おい!何してる!ふざけるな!ボクらの宿舎が」

宿舎は跡形もなく消え去り、嵐の隙間からは巨大な姿で佇むホルスが見えた。

「現世での復活。懐かしい、黄金の世界。これが俺のエジプト、俺の身体。力がみなぎる」

巨大なホルスはそう呟いた。

「みんなは?」

マークは駆け出し、師とメンバーの身を案じた。すると、砂まみれになった師が見えた。

「師匠!」

「マーク、無事だったか!探したぞ。他のメンバーも全員無事だ。彼らは先にここから離れて身の安全を確保できる場所に向かっている。しかし、一体何が。何かが爆発したのかもしれない。漏電による引火か、もしくはテロとも考えられる。マーク、一旦ここから離れよう」

都市に突如出現したホルス。その巨大な黄金の肉体は、街のどこからでも見えた。多くの人々がその姿に唖然とし、立ち尽くしたまま見ていた。すかさま地元メディアがホルスを映し、その様子を中継する。

「何?身体が!?どういうことだ?」

ホルスは自身の異変に気付く。身体が次第に透け始めていたのだ。

「そういうことか。やられたもんだ」

ホルスはそう言い、次第に消えていった。後にはバラバラになった宿舎の残骸が横たわっていた。ホルスが現れた中心部には、片眼のように見える焦げ跡が残っていた。


2分46秒間の顕現。ホルスの様子が複数のメディアに取り上げられ、その晩はこの不思議な現象の話題で世界中が持ちきりとなった。宿舎の爆破によって起こった砂嵐に光を当てて錯覚させた投影技術によるものという者もいれば、エジプトの神の復活、または宇宙人の到来と騒ぎ立てるオカルト信者たち、フェイクニュースとして警告を促す者などもいた。各々が自説を持ち出し、テレビ、新聞、SNS上で討論が繰り広げられることとなった。



To be Continued...



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Dr.マーク
都内私大で勤務する教授・文学博士(史学)。専門は古代エジプト学。プトレマイオス朝時代、ローマ支配時代を中心とするグレコ・ローマン期のエジプトを専門分野とする。学会では古代エジプト史は新王国時代までという風潮があり、末期王朝以降のエジプトを古代エジプトと認識しない多くの研究者から当初は激しい非難を受け、異端児扱いされていた。本人も述べているようにストレートでこの世界に入っているわけではなく、学生時代から研究者の道を志望してはいたが、ポストが得られず就職組へと転身。だが、企業での就職も肌に合わず、程なくして退職し、フリーのカメラマンとして何とか生計を立てていた。その後、仕事の傍で研究を一心不乱に続け、一冊の本を出したことをきっかけに何とか非常勤講師のポストを手に入れ、紆余曲折を経て現在に至る。


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Shelk 🦋

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