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アンティークコインの世界 〜貨幣の発行背景を知る〜

今回のテーマは「貨幣の発行背景を知る」である。ローマコインには様々な意匠のパターンが存在しているが、そのどれにも発行背景がある。発行者の出自や功績などにまつわるものが多く、この意匠を辿っていくと当時のローマで何が起こっていたのか、その謎の真相に迫ることができる。

今回は共和政期に発行された一枚のコインに着目し、その発行背景を紹介していく。一見つまらなそうに見える意匠でも、発行背景が分かると見え方が変わることもある。そんな体験をぜひ一緒に味わってほしいというのが私の願いである。

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図柄表:ケレス
図柄裏:捕虜、戦勝記念柱
発行地:ローマ
発行年:前56年
発行者:ガイウスの息子ガイウス・メンミウス
銘文表:C•MEMMI•C•F
銘文裏:C•MEMMIVS / IMPERATOR
直径:18.5mm 
重量:3.76g 
状態:VF+ toned, scratches 
分類:RC387, RSC Memmia 10/Crawford, 427/1, Sydenham 920
来歴:Colin Kirk Collection (Classical Numismatic Group Electronic Auction 343, 28 January 2015), lot 399.

本貨は貨幣収集家コリン・カークのコレクションだった来歴を持つ。カークは英国の貨幣コレクターの一人である。そんな彼のコレクションが回り回って縁があり、私のもとへと辿り着いた。ローマから長い旅を経て英国に渡り、最終的には東の最果てに位置する日本に来た。そんな巡り合わせに私は運命とも言うべきようなロマンを感じている。

本貨は前56年に共和政期のローマ造幣所で発行されたデナリウス銀貨である。デナリウス銀貨とはアス銅貨16枚分に相当する貨幣で、額面が大きいため日常の買い物で頻繁に使用されるような少額貨幣ではなかった。それゆえ、状態が比較的優れたものが多く、2000年の時を経た現在でも私たちを魅了する。本貨は表面に豊穣と収穫の女神ケレス、裏面に裸の捕虜と戦勝記念柱を表している。

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ケレスが髪を後ろで結い、頭部にはティアラを載せている。耳飾りも付けたエレガントな装いだ。この意匠は、Ludi Cereales(ケレス祭)を暗示したものである。ローマのアウェンティヌス丘にケレス神殿が存在していた。共和政期のケレスは平民の守護神でもあったため、ケレス祭は平民によって執り行われた。前175年頃以降は4月12日から18日にかけ、Ludi scaenici(ルディ・スカエニキ)と呼ばれる演劇が上演されるようになった。 この演劇の最初の公演を行ったのが、平民階級のガイウス・メンミウスだった。彼はこの祝典に敬意を示し、記念のデナリウス銀貨を発行して市民に配布した。そして、彼は最初のケレス祭演劇を上演したと主張し、これを氏族の誇りとした。

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裸にされた捕虜は、抵抗ができないように両手を後ろで結ばれ膝をついている。その背後には制圧した敵軍から奪った武具でつくったトロフィーがある。ギリシア式の円盾、兜、剣、二本の槍などが飾られている。この意匠は、ガイウス・メンミウス自身のプラエトル(法務官)として出陣した前58年のビュティニアとポントスでの戦勝をアピールしている。貨幣の両面に刻まれた銘文は下記の通り。表面の銘文は、C•MEMMI•C•F(ガイウスの息子ガイウス・メンミウス)。裏面の銘文は、C•MEMMIVS / IMPERATOR(ガイウス・メンミウス / 最高軍司令)。

発行者のガイウスの息子ガイウス・メンミウスとは、どんな人物だったのだろうか。彼はディクタトル(独裁官)を務めたルキウス ・コルネリウス・スッラの義理の息子、婿にあたる人物だった。スッラとの繋がりを活かして順調にキャリアを積んだものの、スキャンダルを起こし政界追放されてしまった。その後、晩年まで隠居し、静かに亡くなった。

メンミウス氏族はプレブス(平民階級)だが、有力氏族としてローマ政界で代々活躍し、貨幣の上にもその氏族名がいくつも確認できる。メンミウスの語源は不明であり、ローマ起源ではないことから隣国サビニの外来語と考えられている。それゆえ、実際はサビニ系の出自と推測されているが、彼らは古代ギリシアの最古の文学『イリアス』に登場するトロイア戦争の英雄メネステウスの末裔を自称していた。

たった一枚のコインでも、これだけ奥が深く、記すべきことは多くある。コインの上に表された意匠には、それぞれの興味深い背景があるのだ。この発行背景を知ると、ローマコインの世界がより味わい深いものとなる。その楽しさを知り、広く共有できることを願っている。


Shelk 詩瑠久🦋

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