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マークの大冒険 | 古代ローマ編 もうひとつのローマ史 Chapter:7

前回までのあらすじ

アムラシュリング・グラビティの力によってラーと対峙するマーク。彼は指輪の魔力でラーの降神媒体である片眼のアミュレットを破壊する。媒体の破壊によってラーの消失が期待されたが、それはウェスタがマークを欺くために仕掛けた芝居だった。ラーは降神で呼び出されたのではなく、最初からそこに存在しているだけだった。降神媒体を破壊すれば戦いも終結すると目論んでいたマークの期待は大きく外れ、彼は勝ち目のない負け戦をしていたことを悟った。だが、マークがそれに気付いた頃には時既に遅く、彼が恐怖して怯む中、その背後にはウェスタの拘束陣が迫っていた。拘束陣に掛かったマークは身動きが取れなくなり、彼の首元にはラーとウェスタによる刃が向けられていた。


拘束陣に捉えられた瞬間、マークが動けなくなると同時に彼の指輪が全て砕け散り、地面へと落ちていった。ラーとウェスタは壊れた指輪を一瞥すると、マークの首を吹き飛ばそうと剣を振りかざした。だが、両者は宙に浮かぶ何かに気付き、静止する。

「黄金の果実!?長らく行方不明になっていたが、お前が持っていたのか!トロイア戦争でプリアモスと共に消失したと思っていたが......。果実はワシのコントロールの範疇を超える。まずい、あれを奴に渡してはならん!!」

余裕に満ちたラーが初めて乱れた瞬間だった。マークはウェスタの拘束陣にかかる寸前で、黄金の果実を宙に放り投げていたのだった。果実は宙を舞い、ホルスの方へと弧を描いていた。

「嘘でしょ!?拘束陣で押さえていたはずなのに。拘束される瞬間に投げたというの?なんて抜け目ない」

ウェスタも飛ばされた果実の行方を目で追っていた。ラーとウェスタはマークに見向きもせず、果実を受け止めようと走った。

「ボクにはもう分からない。何が正しいのか、どうするのが最善なのか。ホルス、あとは頼んだ!!キミに全てを託す。カッシウスとブルートゥスが生存した条件で、全員の記憶が保持される。そして、もう誰も傷つかず、戦わなくていい、不戦の契約が結ばれた世界に再構築するんだ!前のボクは失敗して自分の記憶が吹き飛んでしまった。僕には出来なかったが、ホルス、神であるキミならできるかもしれない!」

「信じてたぜ、マーク!そうこなくっちゃな!」

ホルスは見事、黄金の果実をキャッチする。そして、その瞬間、彼の身体が黄金に輝き始めた。失われた片腕が再生していき、ホルスの身体に力がみなぎっていく。

「そして、もうひとつ付け加えておく!俺が王になっている世界だ」

「ああ、それで良い。あとは任せた!」

ホルスの身体が光ると、激しい風が周囲に吹き乱れた。嵐は全てを巻き込んでいき、ラーさえも飲み込んでいく。

「とうとう果実を使ってしまったのね。これで世界が終わる。私は結局、また何も守れなかった」

ウェスタが憂いに満ちた表情を浮かべた。強烈な砂嵐が全てを巻き込んでいく。マークやウェスタ、アントニウスと彼の軍、カッシウス、ブルートゥス、それだけでなく、周囲のあらゆるもの全てを飲み込んでいく。空には突如虹色の翼が浮かび、その巨大な翼が大地を覆う。翼に覆われた結果、太陽の光を遮断され、世界は深い闇に包まれた。

「ここは?一体どうなったんだ!?ホルスに果実を渡して、それから......」

砂嵐に巻き込まれたマークの視界が次第に晴れていく。そして、遠くには佇むウェスタの姿が見えた。

「ドゥアトのゼロの刻のようね。さあ、どうしてこうなったのかしら?ここには私たちしかいないみたいだけど。これも果実の意志なのかもしれないわね」

ドゥアト
古代エジプト語で「冥界」を指す言葉。冥界は、生界と死界を繋ぐ不安定な空間とされた。

「果実によって話し合いの機会が与えられたんだ」

「いいえ、違うわ。果実自身、あなたの願いを受け入れるかを迷っている。だからこうして、私たちだけがここに呼ばれたのよ。どちらが選ばれるのかが試されている。果実は、原初の海ヌンがラーと同時に創り出した存在。だから、創造の神ラーの制御の範疇さえ超える。これは、大宇宙ヌンより与えられた審判の機会。マーク、運命を定める時が来たのよ。世界の命運は、私たちのどちらかに委ねられた」

「ウェスタ......」

「私には最後まで、あなたがよく分からなかった。あなたが一体、何を考えているのか分からないから、ずっと側で観察してた。けど、今でも結局、分からないままね」

「......」

「どうしてこんなことをするの?あなたにとって何か得がある?」

「損得の話じゃない。救える目の前の命を見過ごすわけにはいかない」

「そういう考え方もあるのかもしれないわね。でも、私は個人より多数を救う。それが私に与えられた定めだから」

「何度旅を繰り返しても、結局こうなるんだね、ウェスタ」

「今度のあなたは全ての記憶を継承しているようね。さすがはマーク、忘却の抜け道を見つけたのね。でも、忘れていた方が幸せなこともあるものよ」

「そうだね。でも、ボクはそれでいい。キミの嘘は優しい嘘だったけど、ボクはそれを望んではいなかった。たとえ辛くても、ボクは全てを受け入れる」

「そう」

「やっぱり、ボクらはこうして戦わなければならないのかい?」

「そうね」

「......」

「どうして刀を鞘から出さないの?」

「それがボクの生き方だからだ」

「変わらないのね。でも、あなたは指輪も果実もこれで失った。ここからは、あなたと私の本当の一騎打ちになる」

ウェスタはそう言うと、片手に握った刀をマークの方に向けた。

「......どうしてキミが日本刀を持っているの?この時代には存在しないはずだけど」

日本刀
中国から伝来した直刀をベースに日本民族が開発した世界最高の切れ味を誇る刀。両側に刃を持つ剣と異なり、片側にしか刃を持たない。刃がない方をミネと呼ぶ。刺突をメインに使用する剣と異なり、振りかざして叩き切る使い方をする。非常に重く、片手で扱うことが困難なため、基本は左手を下に、右手を上にして柄を握り使用する。右利き左利きは関係なく、どちらが利き手でもこの持ち方をする。盾と併用する西洋のスタイルと異なり、パラメーターを全て攻撃に特化した武器で、それゆえに世界最高峰の切れ味を持つ。相手に隙をも与えない圧倒的な攻撃こそ最大の防御という発想である。

「私は何度もあなたの前に現れたじゃない、そういうことよ。これは世界で最も切れ味が優れた刃物。自分の身を守るのに強い武器を身に付けるのは当然でしょう?」

「......」

「この物語もここで終わりにしましょう」

そう言うとウェスタは、刀を振りかざし凄まじいスピードで突進する。ウェスタが振りかざした刀をマークは刀で受け止めるが、彼の刀は一瞬で砕け散った。

「そんな......」

「これが魔法を持たない、あなたの本当の力よ。それじゃあ......さようなら」

マークは、とうとう死を覚悟した。だが、そこにはマークに刀を突き付けたまま動けないウェスタがいた。彼女の目には涙が浮かび、嗚咽に悶えていた。

「ウェスタ、またの名をヘスティア。家屋の中央、竈門に鎮座する者。やっぱり優し過ぎるのは、キミの方だったね。キミには誰も殺めることはできない。ボクと同じさ。家庭を守護するキミは、最初から誰も殺せはしない。そう、思っていたよ」

「やれると思ってたのに......」

脱力したウェスタの手から刀が地面に落ちた。彼女にはもう戦意が感じられなくなっていた。

「マーク、お願い......」

「分かったよ、ボクの負けだ。でも、キミが本当はどう思ってるのかが聞きたい。ボクは、間違っていたのか?」

「いいえ、あなたは間違っていない。友を思い、救おうと尽力する立派な行動だった。でも、運命がそれを許さなかった」

「最後にひとつだけ願いを聞いてくれないか?カッシウスとブルートゥスと話す時間が少しだけ欲しい」

「分かったわ。満足できるほどの時間はつくってあげられないかもしれないけど」


To be continued...


Shelk🦋


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黄金の果実を手にフル装備したマーク


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