マルクス_ルキウス_のコピー

アンティークコインの世界 〜古代ローマのミステリーコイン〜


図柄表:ガレー船
図柄裏:ローマ軍旗
発行地:ローマ
発行年:168年
額面:デナリウス
材質:銀
直径:20mm
重量:3.32g
分類:RC5236, RSC830, RIC443


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五賢帝マルクス・アウレリウスとその共同統治帝ルキウス・ウェルスがアクティウムの海戦の二百周年を記念して発行したデナリウス銀貨。二人の連名で発行されたことが刻印されたラテン語銘文から読み取れる。連名での発行は、かなり珍しい例だ。

このコインは謎だらけである。まず、なぜ二人がアクティウムの海戦で負けた側のマルクス・アントニウスが発行したコインをリバイバルしたのか、その理由は全くわからない。マルクス・アウレリウスはスペインの家系で、アントニウスとは血縁もない。勝利者側のオクタウィアヌスは、のちにアウグストゥスと名乗り、以降この名が皇帝の名として定着する。もしかしたら、敗北者側のアントニウスが最後に発行したコインの図柄をあえて刻むことで、皇帝の優位性をアピールしようとしていたのかもしれない。ローマには敗北者側の捕虜の姿をあえて刻むことで、優位性を主張しようとする文化があった。マルクス・アウレリウスにもそうした意図があり、このコインをリバイバルしようとしたのだろうか。

あるいは、最も可能性が高いのは、アウグストゥスによってアントニウスの第6軍団はシリア・パレスティア地方へと追いやられた。だが、ルキウス・ウェルスの下、パルティアとの戦いで第6軍団は活躍する。この功績を称え、また「アントニヌス」と「アントニウス」という両者の名が似ていることから、言葉遊びで復刻を行ったのかもしれない。ローマコインでは言葉遊びがよく行われた。特に共和政期では、発行者の名と事物を掛けた図柄が確認されている。例えば、「フロルス」という名の人物が花柄のコインを発行していたりすることを考えると、本貨もそうした例の部類に入るのかもしれない。


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前32〜前31年にアントニウスが発行したデナリウス銀貨。アントニウス軍のガレー船が描かれている。船には船員の姿も確認できる。「III・VIR・R・P・C」すなわち「共和国を再興する三人委員の一人」を意味する銘文が打たれている。


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上記のコインの裏面の図柄。鷲をモティーフにしたローマの軍旗が描かれている。また、「LEG XV」すなわち「第十五軍団」の銘が刻まれている。軍旗はその軍団の象徴のようなものであり、奪われることは究極の恥に値したため死守された。


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マルクス・アウレリウスとルキウス・ウェルスが連名で168年に発行。この年はアクティウムの海戦からちょうど二百年にあたる。ガレー船には五人の乗組員の姿が確認できる。その周囲には「ANTONIVS AVGVR III VIR RPC」というラテン語銘文が打たれている。「アントニウス 、鳥占官、共和国を再興する三人委員の一人」の意。


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上記のコインの裏面に相当する。三つの軍旗が描かれている。その周囲には「ANTONIVS ET VERVS AVG REST」というラテン語銘文が刻まれている。「アントニヌス帝とウェルス帝によって復刻された」の意。この「REST」という「神聖」を意味する文字は、アントニヌス・ピウスの死後発行貨でも見られる。


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アントニウスのオリジナルコインでは全部で三十個存在した彼の各軍団の数字がそれぞれ刻まれているが、マルクス・アウレリウスのリバイバルモデルには第六軍団の銘しか存在しない。その理由は定かではないが、マルクス・アウレリウスの時代の第六軍団はパルティア遠征で大きな功績を残している。

また、アントニウスのオリジナルコインでは「ANT AVG」と示されていた省略形の銘文が「ANTONIVS AVGVR」と記されている。この理由は、おそらく皇帝を意味するアウグストゥス の省略表記も「AVG」で区別がつきにくいからだろう。「ANTONIVS」にしたのは、アントニヌスとアントニウスの区別をつけるためだったと考えられる。マルクス・アウレリウスはアントニヌスの名を持ち、彼の養父アントニヌス・ピウスも同様の名を持っている。それゆえ、混同を避けるため、リバイバル版ではオリジナルの省略表記を修正し、省略なしの形で刻ませたと推測できる。

ガレー船のデザインもオリジナルとリバイバルでは若干異なる。リバイバル版の方が丸みを帯びたフォルムで、帆先の形状も比べてみると微妙に異なる。また、アントニウスが発行したオリジナルのデナリウス銀貨の質は、実は低いものだった。マルクス・アウレリウスの時代の方がローマの繁栄期ということも相まって良質である。とはいえ、アントニウスのガレー船のコインは比較的信用度が高く、2世紀頃まで流通した。そのため、発見されるものは摩耗が激しいものが多い。1世紀のポンペイの遺跡でもアントニウスのガレー船の銀貨が発見されている。

上記の内容は結局のところ、憶測に過ぎない。なぜ二百年後の世界に生きる皇帝たちが共和政期の人間、それも敗北者側の人間のコインをリバイバルしようと思ったのか。その真実を知るのは、彼らのみである。


Shelk 詩瑠久

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