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【序論】戦後70年間の東大卒女性の人生【卒論】

※本論文は2018年度東京大学文学部社会学研究室でクローネ賞を受賞した学部論文です。研究室ならびに指導教官からの許可を得て公開しています。

※加筆修正したい点もありますが、敢えて執筆〜提出当時(2018年1月5日)のまま掲載します。私人についてはイニシャル表記のままとします。

序論
0-1 問題関心

 日本で無償労働を全面的に担い、市場経済や政治から排除されていた女性は長い時間をかけてその参入障壁を乗り越えつつある。しかしながら未だ日本の社会体制は一家の大黒柱としての男性働き手を前提としたシステムで動いているところが大きく、女性は経済を構成する行政・市場・家庭の3つの場全てにおいて男性と違わぬ参入率を達成しているとは言い難い。世界的に見れば先進国にしては大幅に政治・経済面で男女平等が遅れているという報告(World Economic Forum 2017)もある。家庭での経済的・精神的自立の達成にも夫との収入差が関係している(加納 1990)ということもあり、真に男女平等な社会を実現する上ではやはり女性の労働市場、ひいては司法・行政への参入は避けては通れない課題である。

 日本における男女平等は戦後、高等教育から始まった。女性が男性と同じ教育を受ける機会を得た後も、しかし、卒業後の労働市場では差別的待遇が長らく続いていた。最高学歴と言われる東大卒女性もその例に漏れない。30年以上前、男女雇用機会均等法の制定前は男子学生が早々と就職が決まる中、女子学生は秋まで内定の目処が立たなかったり、高卒・短大卒と同じ待遇を強いられたり、公務員筆記試験で首席であったにも関わらず面接で爪弾きにされたりと、就活ひとつとっても差別的な状況があった。就職後も子育てとの両立に悩む姿(ただし二者択一という考え方ではなく両立を前提として試行錯誤していたのが比較的多数派であった)も見受けられる。

 東大卒女子学生のみで構成され、現在も活動を続けている同窓会組織、さつき会が1989年に国内の大卒女性を対象にしたものとしては当時最大規模のアンケート調査を実施してまとめた『東大卒の女性—ライフリポート』(さつき会 1989)からは、当時既に社会で活躍していた第1期から約40期分の卒業生たちの在学中の雰囲気や社会に出てからの生活の実態・意識がよく分かる。1985年さつき会創立25周年記念事業の1つとして行われた調査は1949年から1981年の日本在住卒業生約3300人から無作為抽出した約2000人にアンケートを送付し、また卒業生数十名から在学中の思い出から現在をまなざす「私にとっての東大」や卒業後社会に出てからを振り返る「LIFE HISTORY」などの寄稿を集めて掲載している。第1部では戦後東大の門戸が女性にも開かれた1946年から、新制改革や安保闘争、全共闘など東京大学のメインストリームの歴史に女子学生がどう関わっていたかを描き出し、第2部ではさつき会が実施したアンケート調査の結果を分析し、卒業後の生活の実態や仕事への意識を世代にも着目しながら明らかにした。第3部は56年から87年卒までの卒業生6名による「東大卒女性の昨日・今日・明日」というテーマでの座談会録であり、各世代の在学中・卒業後の様子をざっくばらんに語り合い、世代間交流を通して東大卒女性像を浮かび上がらせようとしている。またこの事業のほかにも同会は発足以来継続的に卒業生の近況や議論を共有する年会報「さつき」や、「たより」、35周年記念などの際に発行されたエッセイ集やデータ集など、多くの発行物を出している(非売品)。卒業生には均等法制定の立役者となった森山眞弓や赤松良子、国籍法改正に尽力した安江とも子など錚々たる顔ぶれが並んでおり、寄稿されたエッセイの中には当時東大に生きた学生ならではの内部事情や、実際に社会に出た際に成し遂げた一大プロジェクトの顛末、時事ニュースに対しての考察や、中には詩篇まで、多彩な内容が含まれており、これらの約60年間にわたって積み上げられてきた発行物には、単なる同人雑誌以上の資料価値がある。

 これらの東大卒女性に関する貴重な調査・取材結果を読み解き、高学歴女性が戦後70年間の日本社会においてどのような環境の変化を経験してきたかを併せて考察することで、さつき会や東大卒女性が社会に対して果たしてきた役割を再確認し、女性が高学歴を手にすることの意義を明らかにしたい。

0-2 本論の構成

 第1章では女性一般に高学歴化が起きた戦後、日本社会が辿ってきた法的・経済的・社会的変遷について論じる。まず、日本社会において女性がいかに高学歴への道を手にしたか、明治時代の女子教育との質的差異を踏まえて述べる。そこで制度上平等を実現した後の急速な現実の変化に対して価値観の衝突が起こり、女子大生に対する感情的な反発がメディアに横行したことにも触れたい。次に高学歴女性が日本社会で労働するにあたって、外部要因がどのように影響を与えてきたかを明らかにするために、女性の就業規定に関する法制度と経済構造の変遷を概観する。章の最後には学歴の効用という視点も取り入れつつ、現在の大卒女性が卒業後その高学歴をどのように活かす術があるのか、未だ高学歴男性と埋まらない差があるとすればその原因と解決策は何か、検討していきたい。

 第2章では高学歴女性の社会進出をその最初期から牽引してきたと言っても過言ではない、東大卒女性らに視点を移す。はじめに彼らの連帯を保障してきたさつき会の意義や活動内容について均等法制定以前と以後、さらにこれからのあり方について考察し、その価値を確認したい。次に、個人としての女子学生が東京大学においてどのような役割を果たしてきたか、その量的・質的変遷にも注目しつつその約70年間を追う。ここではさつき会が結成後会員に共有してきた卒業生の回顧録や社会に対する意見などをもとに、大学受験から就職を経て結婚や転職、介護に至るまでのライフイベントごとに、高学歴女性がどのような外部環境のもとで、どのような意思決定をしてきたのかを世代毎に分析する。これによって高学歴女性の進路選択が社会制度に大きく影響を受けてきたこと、その逆境に対して不断の努力によって社会制度を変革するまでに至ったことを再評価したい。

 最後に第3章では前章までの議論を踏まえて、高学歴女性が教育分野・労働分野共に「男並み化」の繰り返しで男女平等とされてきたことを指摘し、これからの持続的な生産・再生産労働の循環のためには男性の女並み化が必要であることを述べる。また、これを実現する上で、高学歴女性がどのような価値を社会に与えることができるのかについても考察する。そして特に本論文で着目した東大卒女性らの、多様性を重視するここ数年間の東大の方針を既にその最初期から体現してきたという先駆的性質について述べ、今後彼らがどのような社会的役割を担うかを考察して、女性が高学歴を得る社会的意義を主張したい。


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