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松方コレクション展であったおばさまの話


これは好きな人と一緒に行けなかった美術展に、一人でだって行ってやるよ、とムキになって行った松方コレクション展で会ったある素敵な人とのお話だ。

もう9月だけど、秋とはいえない暑さの中、国立西洋美術館へ松方コレクションを見に行った。美術館へ行くということで、私が大好きで安心する真っ黒い服に身を包み、自分なりのおしゃれをして、上野駅へ降り立った。

美術館の入り口に着くと、チケットを買う人で館外の奥の方までかなり長い列ができていた。暑い中これに並ばなくては行けないのか…、と汗っかきの私は意気消沈して、仕方なく列に並んだ。

列に並ぶ一人客は夏休みの影響もあってか、周りを見る限り私だけで、少し恥ずかしくて不安になったけど、絶対にモネの幻の睡蓮を見るまで帰らないからな… !と心の中でブツブツ言って、平静を保っていた。

時間が経つと結構列が進んできて、やっとチケット売り場が見えるくらいの位置まで来た。私は学生料金を遠目で確認して、学生料金って言うけど、そんなに安くないな、と悪態をついていた。

そんなことを思っている私の前に、いきなり一人の品の良さそうなおばさまが現れた。

「チケットが余っているの、あなたにあげる。使って頂戴。」

あまりに突然の思いがけない出来事に口ごもってしまい、

「え…。悪いです。学生料金で入ろうとしていたので大丈夫です。」

と何が大丈夫なのかわからないが、とっさにこう言った。

それでもおばさまは、

「今時一人で美術館に並んでる子なんてあんまりいないでしょ、使って。」

と私にチケットを押し付けて来た。

私は結局おばさまにお礼を言ってチケット受け取り、もう少しでチケットを買う地点まで来ていた列を抜け出し、入り口へ急いだ。

多分一人で並んでいた私を哀れんでか、はたまた一人の人に声をかけやすいのか、私を選んだ基準はよく分からなかったが、完全にタダチケットをもらえたことで気分をよくした私は、私の格好がちゃんとしていて声をかけやすかったからだわ!と思った。

ムキになって美術館に来た私はある一人のおばさまのおかげで、最高に楽しい気分になっていた。

目当てだったモネの幻の睡蓮も、常設展もしっかり見れて、美術館を出た頃には1時くらいになっていた。

私は浮いたチケット代で、いつもだったら、一人だったら入ることができなさそうだったフォレスティーユ精養軒に行って魚のランチコースを平らげた。

おばさまのおかげで、展示を見る前はムキになって余裕がなかったのが、帰る頃には楽しくて、嬉しくて、とても良い1日になっていた。好きな人と一緒に行けなくて悲しかったことをも忘れるほどには。

あの時私に声をかけてチケットをくれたおばさま、名前も知らずお礼もできていませんが、あなたのおかげであの日の私の1日は素晴らしいものになりました。ありがとうございました。




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