駅のホームでゲ○を踏む奴は

既に日付は変わっていた。
いくつかの路線の乗り換え駅となっている某駅に降り立った僕は、その駅の思惑通り乗り換え用の連絡通路をとぼとぼと歩いていた。前に見えた電光掲示板には怖い色で"終電"と表示されていた。
たかだか単発の4時間労働でこんなにも"やせたかなしいすがた"になってしまっているのは、今の僕を「病み上がり」と言うには少しばかり病み上がり切っていなかった所にあると思う。

強烈な眠気に襲われているわけでもスマホを眺めるわけでもなく、ただ空っぽの顔で下りのエスカレーターに乗った。
このままどんどん下に降りてって、『トムとジェリー』に出てきたエスカレーターみたいに地獄まで行ってしまえばいいやと思った。実際にトムジェリに出てきたエスカレーターは上りの天国行きだったけど。

エスカレーターを降りて、すぐ目の前のホームで電車を待った。次がもう終電という事もあって、この時間にしては人が多かった。

ふと、足元を見た。
そこまで長く使い続けている靴でも無かったが、かなりボロが出ていた。汚れも目立つし、そろそろちゃんと掃除しよう…、そう考えていた時だった。
自分の斜め後ろに、自分の靴のモノと見られる足跡があった。雨は降っていなかったし、直近で水溜りを踏んだ記憶も無い。しかし、その足跡はいくつもあり、先ほどまで乗っていたエスカレーターまで伸びていた。そこでようやく気がついた。

エスカレーターから降りるところにゲ○あるやん…。

なっ、ゲ○ッ!?あんな場所に!?普通に前を向いてエスカレーターに乗っていたのに全く気が付かなかった…、思い返してみたら、さっき歩いていた乗り換えの連絡通路のところにもゲ○みたいなのがあった気がしたが…あれもか…!
…え?いやいやまさか、じゃあなにかね?エスカレーターから俺のところまで伸びてるこの謎の足跡は、俺の靴とあのゲ○によって生まれたモノとでも言うのか…?!最悪すぎる、さっきまであんなに地獄に行くことを願っていたのに、こんなに早く叶うとは全く思わなかった。まさに生き地獄だ。

その後も、そのエスカレーターを下る人々の大半は、ゲ○という名の絵の具の存在に気が付かないまま靴で踏みつけ、駅のホームに絵の具で足跡マーキングをし続けていた。
あぁ、言いたい、「そこゲ○あるんで避けてください!」って言ってあげたい、あぁ…。
何故人はあんな汚いもんを生み出してまで食べたり飲んだりしたいのだ。なんだかやるせない気持ちになった。

マーキングを果たした人のほとんどは、その後も自分が悲惨な状況に遭っていたことにも気がつく事なく、スマホに目を向け終電を待っていた。
しかし、その方が良いのかもしれない。
世の中は"知らない方が幸せなコト"だらけである。この『ゲ○靴マーキング』も、その中の一つであろうと考えたのだ。

最寄り駅に到着し、帰路に着いた。
雨が降り出しており空の色も悪かったが、その空を見て、今日の夕方ごろに見た同じ場所の空を思い出した。赤紫色の少し切ない空だった。あの空が切なそうにしていたのも、「あぁコイツ、帰りにゲ○踏むかも…」と思っていたからだったのかもしれないなと思うと、少し腹が立った。

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