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社会保険二以上事業所勤務被保険者の基本的なこと

<こんにちは>


IPO支援(労務監査・労務DD・労務デューデリジェンス)、労使トラブル防止やハラスメント防止などのコンサルティング、就業規則や人事評価制度などの作成や改定、各種セミナー講師などを行っている社会保険労務士法人シグナル代表の特定社会保険労務士有馬美帆(@sharoushisignal)です。


顧問先の人事労務担当者様から、

「私事で恐縮なのですが、この度、副業の個人ビジネスが成長したため、事業を法人化することになりました。今後もこの会社で社員として働きつつ、副業の会社も代表取締役として経営していきます。それで、色々と調べていたら、「社会保険の二以上なんとか」というのが出てきたのですが、これについて教えていただけないでしょうか?」

というお問い合わせをいただきました。

最近、注目度が非常に高まっている点に関するご質問でしたので、その回答を簡単に皆さんにもお伝えします。


<社会保険の二以上事業所勤務とは>

今回のご質問は「二以上事業所勤務届」に関するものです。

耳慣れない言葉ですが、私たちが会社で社員として働く際に、健康保険や厚生年金保険などの社会保険に加入できるのは、その会社が社会保険の「適用事業所」だからだということをまずご理解ください。
会社などの法人と個人事業でも従業員が常時5人以上いる組織は、適用事業所になります。この適用事業所で働いていたり、役員となっていたりする場合に、一定の要件を満たすと、社会保険に加入して社会保険料を支払うことになります。

多くの場合、自分が所属する適用事業所は1つだけなのですが、最近は副業・兼業などの働き方の多様化によって、複数の適用事業所で働くケースが増えてきました。ここから先は、説明の便宜上「2つの」適用事業所でそれぞれ働くケースということで説明をしていきます。


2つの適用事業所で社員や役員として働いて報酬(お給料などです)を得る場合、①社会保険の加入はどうすれば良いのか、②社会保険料の支払はどうすれば良いのか、という問題が生じます。

①に関しては、それぞれの事業所ごとに、社会保険の加入要件を満たしていれば、それぞれ社会保険に加入しなければなりません。これは1つの適用事業所で働く場合と特に変わりはありません、

②に関しては、2つの適用事業所で社員や役員として働いている人が両方で社会保険の被保険者となった場合、自分で主たる事業所を選択して「二以上事業所勤務届」という書面を提出する必要が生じるのです!
二以上事業所勤務届が提出されると、2つの適用事業所で受けている報酬を合算して社会保険料が計算され、それぞれの報酬に応じて按分された社会保険料を各事業所で支払うことになります。面倒に思えますが、適正な社会保険料負担のためには欠かせないプロセスです。

ということで、これが冒頭のご質問に登場した「二以上なんたら」のことだったのですね、めでたしめでたし(o´∀`o)

・・・・・・・・・・・・では残念ながら終われないのが、二以上事業所勤務届の問題なのです!!!!!!


<二以上事業所勤務被保険者に該当するか否かが問題となるケース>

先ほど、①と②の話をしましたが、そもそも①では、「2つの事務所それぞれで社会保険に加入しなければならないのか=両方で被保険者とならなければならないのか」について、検討しなければならないケースがいくつもあります。

以下、その中の代表的なケースを取り上げて、各ケースごとに解説をしていきます。

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2つ以上の事業所で働くようになった方や、その方から相談を受けた人事労務担当者の方は、どのケースに当てはまるか考えつつ読んでみてください。「今のところそういう問題はないよ」という方も、社会保険加入の基本を再確認できる良い機会ですので、ぜひご覧くださいね。


<ケース1>

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ケース1は、冒頭のご質問のように、社会保険適用労働者で働きつつ、法人の役員(代表取締役)になった場合のうち、役員報酬は「ゼロ」というときのケースです。

社会保険の適用要件に関する行政通達に「法人の代表者であっても、法人から、労務の対償として報酬を受けている者は、法人に使用される者として被保険者の資格を取得させるよう致されたい」(昭和24年7月28日 保発第74号)があります。逆に、報酬を受けていない者は被保険者の資格がありません。

そのため、ケース1は、二以上事業所勤務被保険者には該当せず、労働者としての働いている事業所で社会保険に加入するだけということになりますね。


<ケース2>

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ケース2は、ケース1の代表取締役としての役員報酬部分が無から有になったときです。この場合は、ケース1でご説明したとおり、二以上事業所勤務被保険者に該当しますので、届出をした上で、両方の社会保険料を負担する必要がありますね。

ここまでの2つのケースから、冒頭のご質問に対しては、法人化した副業で役員報酬を受けているか否かが大きな分かれ目となるということをお伝えする必要があったことがおわかりいただけたと思います。


<ケース3>

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ケース3は、社会保険適用労働者として勤務しながら、副業として他の企業でも労働者として働く場合です。「副業解禁」の流れを受けて、今、増え始めている働き方ですね。この場合に、副業先で社会保険の適用になるかどうかは、その副業先の所定労働時間の3/4以上働くかどうかが一つの基準です。副業先では、社会保険の適用外ということであれば、二以上事業所勤務被保険者も対象外となります。


<ケース4>

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ケース4は、ケース3と異なり、副業先でも社会保険の適用労働者になった場合です。この場合は、二以上事業所勤務届の届出対象となります。ということは、両方の会社のお給料から社会保険料が引かれるということですね。

※余談ですが、ケース4のように2つの事業所で社会保険の適用を受ける労働者となるということは、週にかなりの時間労働することになりますので、時間外労働に関する実際の取扱いが具体的な問題として浮上してきます。「時間外労働をした場合の36協定に関する問題はどうなるのだろうか?」、「割増賃金の支払いはどうするのだろうか?」などと事務所メンバーと熱い議論になったほどの奥が深い問題です。


<ケース5>

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ケース5は、社会保険労務士として、よく遭遇している事案です。たとえば、1つの会社を経営しながら、別の事業にも取り組みたいから、2つ目の会社を設立して、そちらでも代表取締役になるという場合です。
この場合も、新たな会社で役員報酬を受けているかどうかが判断の分かれ目になります。

このケースのように、2つ目の会社では役員報酬はなしとするということは、経営が軌道に乗るまでは往々にしてあります。その場合は、ケース1でお伝えしたとおり、2つ目の会社では社会保険に加入することができませんので、二以上事業所勤務届について届出の必要はありません。


<ケース6>

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ケース6は、ケース5とは違い、2つ目の会社から役員報酬を受けている場合です。たとえば、ケース5で始めた新事業が軌道に乗った後のような場合ですね。
この場合は、2つ目の会社でも社会保険の適用対象となりますので、二以上事業所勤務届を出して、両方の事業所で社会保険料を負担することになります。


<二以上事業所勤務届に関する手続について>


以上、代表的なケースのそれぞれについて、二以上事業所勤務届の届出が必要か否かについて見てきましたが、次は、届出が必要な場合には、どのように手続をするのかを、ここでも表とともに見ていきましょう。

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1.届出について

まず、被保険者「本人」が、ここまで何度も登場してきた「二以上事業所勤務届」、正式名称「健康保険厚生年金保険被保険者所属選択二以上事業所勤務届」を日本年金機構(および健康保険組合)に届け出る必要があります。

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会社側ではなく、本人が手続きをすることになっていることが大事なポイントです。

なぜ、会社側ではなく、本人が手続きをするかというと、被保険者本人しか2つ以上の事業所で働いているのかどうか分からないことが多々あり得るからです。

最近では、副業・兼業について届出制や許可制にしている会社が多いので、最初に被保険者が勤務している会社に届出書や申請書が出た段階で気づく可能性も高まってはいますが、あくまで法律上は副業・兼業をする際に、会社に届け出る必要があるとはされていないので、被保険者本人の責任において届け出るという制度設計になっているのです。


さらに、細かい話となりますが、二以上事業所勤務届を提出する際には、2つ以上の事業所の中から、「主たる事業所」(選択事業所)を選択する必要があります。この選択については、本人しか判断できないという理由もあります。


2.通知書について

本人が届け出た後に、それぞれの適用事業所(会社など)へ日本年金機構から通知書が届きます。このときに注意すべきは、届け出た本人へは通知書は郵送されないという点です。届出は本人がしても、社会保険料の納付は適用事業所が行うため、このような取扱いになっています。
直接お金を払ってくれる人に連絡をしてくるというわけですね(笑)


さらに、この届いた通知書を読み込むには、コツが必要です。残念ながら日本年金機構のサイトには通知書の見方が載っていませんでした。
二以上事業所勤務届に関する事案に不慣れな人事労務担当者の方だと、間違えた判断をされてしまうケースが残念ながら多々あるので、できれば社会保険労務士等の専門家にお問い合わせください。


しかも、この通知書は、1回だけではなく健康保険料率やどちらかの報酬が変更になり月額変更をされた場合などにも届きます。
この点に関して非常に頭の痛い問題がありまして、日本年金機構等からの郵便到着が、うーん・・・いつも、かなり遅めなんですよね・・・。もちろん、可能な限り早く処理してくださっているのでしょうが、制度としても複雑なのでどうしても日数を要してしまうようです。
そのため、2つ以上の事業所(会社など)に勤務される方の給与計算に関しては、適切な内容を計算の締め切りまでに反映できるかどうかヒヤヒヤになることも多いです。

また、2つ以上の事業所(会社など)のすべてが、同じ社会保険労務士に社会保険に関する手続等を依頼されていれば、諸々スムーズにいくのですが、現実にはそうとばかりはいきません。
異なる社会保険労務士がそれぞれの事業所で担当されていたり、片方の事業所では社会保険労務士のような専門家に依頼していなかったり、社会保険に関する知識が乏しい方が担当されているとなると、これまた色々と大変なことが起きかねません・・・。


ということで、人事労務担当者にとっては、二以上事業所勤務被保険者が発生すると、どうしても業務量が増えてしまうことになります。


<さて問題です>

さて問題です。ケース2の場合で、男性が育児休業を取得します。社会保険適用労働者としての賃金(報酬)は、育児休業を取得するため0円になりますが、役員報酬は税制上の兼ね合いからも支給し続けるとします。その場合、通常であれば育児休業中は免除となる社会保険料はどのような取り扱いになるでしょうか。

このお題は、社会保険労務士法人日本人事 代表の特定社会保険労務士山本喜一先生からいただいたものです。弊所ではこのお題のケースを直接取り扱った経験がなかったので、志-こころ-特定社労士事務所 代表の特定社会保険労務士矢島志織先生と一緒にあれこれ考えてみました。

この場合はどうすべきかを知りたい方は、弊所までご連絡ください。


社会保険労務士をしていても、すべての事案に出会うということはなかなかないと思います。だからこそ、常に様々なケースを想定して、対応策を考えたりや正しい手続を知ろうと努めることが、非常に重要になります。今回のように、考える題材を与えていただけたり、一緒にケーススタディ取り組める社労士仲間がいることは、大変有難いことです。
山本先生!今後も刺激になるケースの提供をお待ちしています!


山本喜一先生が書かれている「補訂版 労務管理の原則と例外‐働き方改革関連法対応」はタイトルどおり、原則と例外が分かりやすく表にまとめられており、必読です。



それでは次のnoteでお会いしましょう。
お仕事のご依頼はこちらまで info@sharoushisignal.com
※お問い合わせを多数頂いており、新規のご依頼に関しましては、原則として人事労務コンサルティング業務、就業規則等の作成業務、労務監査(労務デューデリジェンス)業務のみをお引き受けさせていただいております。できる限りお客様のご依頼にはお応えするように努めておりますので、まずはお気軽にお問い合わせください。
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