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コモンズは誰のものか?

コモンズ(共有資源)はみんなで共有していくものだとした時、果たしてそれは誰のものなのか?コモンズを考えていく上で、このテーマは避けては通れない。今回は、「コモンズは誰のものか」をお題に考えてみたい。

執筆:丑田俊輔(シェアビレッジ代表)

前回の記事はこちら。

「共有」の3分類

法律上、「共有」にはいくつかの分類がある。

一つ目は、「狭義の共有」。

所有権を複数人で分割して持ち、その持ち分はそれぞれが自由に処分できる。よくあるシェアの形がこれだ。不動産を複数人で持つとか、株式を発行するとか。これらは私有権を前提とした考え方でもある。(所有権以外のシェアは「準共有」という。共同で物件を借りてみんなで利用したり)

二つ目は、「合有」。

それぞれが持ち分を有するが、シェアしているものを個々人が分割して自由に処分はできない。組合をみんなでつくる時など。ただし、組合から脱退する時には持ち分相当を払い戻す権利はある。例えば、朝市組合に入っていても、朝市自体を分割することはできないけれど、脱退時には組合費の一部は戻ってくる場合はある、といったイメージ。生協も同じ仕組みだ。

三つ目は、「総有」。

それぞれが持ち分を有さず、個々人が分割して処分もできず(脱退時にはその人の権利はなくなる)、みんな(総体)で有している権利である、というもの。里山集落の入会地はこれで、このあり方が所謂「コモンズ」(共)と言われてきたものに近い。

近代以前は割とメジャーだったが、私有権が普及してくるにつれて、わかりにくさや面倒くささもあって縮小してきた。(田舎の集落に移住してきた人が、どこまで集落の財産の権利を持つか?みたいな話は各所でよく聞く)

現代で生まれている「共有」のスタイル

現代において、みんなで持ち寄って何かしようぜ!という時、どんな共有スタイルがあるだろうか。

まず、Share VIllage上でも多いのは、誰かが所有しているものの利用権をシェアするという形。古民家も、山も、共同住宅も、大家さんや所有者がいて、それをみんなで借りたり、会費と共に利用権を発行したり。メンバーからすると、気軽に参加しやすいし、脱退もしやすい。

別荘やコーポラティブハウス(集合住宅)などだと、所有権も含めて共同所有することもある。メンバーにとっては、所有するための登記やお金面のハードルはあるけれど、自分の資産にもなる。(セキュリティトークン、いわゆるブロックチェーンで有価証券を発行することでそのコストをさげようという動きも進みはじめた)ちなみに集合住宅の共同部は、住民の管理組合の総有と位置づけられるケースが多い。だけれど、住人はあまりコモンズ的に思っていない場合も・・・

生協をはじめ、組合をつくってみんなで何かをやろうというケースもある。最近はワーカーズコープ(労働者協同組合)の法制度化も進展してきたり。ちなみにシェアビレッジは「協同組合型株式会社」という形をとっている。

総有のようなスタイルは、なかなか新たにつくるイメージは持ちづらいけれど、上述の住宅共用部や、法人格を有しないサークル活動の資産(音楽サークルの楽器)などが挙げられる。現代において、新たに集落や町内会をつくる、という話もあり得なくはない。(やってみようと企み中)

商品や消費者の壁を越える

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Share Villageでも村民募集している、村のような集合住宅「青豆ハウス」。大家がリスクをとって建設し、各住民に賃貸するという形態をとっているが、「賃貸でお金を払う=住民はお客様・消費者」というわけではない。

逆に、参加する人の責任が重たくなりすぎないことで、ちょうどいい湯加減でつながっている。住民と大家は共に暮らしをつくる仲間(隣人)であり、共益費についてみんなで考えたり、コロナ下には家賃について分かち合ったりと、場のスタンスが共有されていることで、一人ひとりにとって集合住宅はコモンズになっている。単なる賃貸住宅という商品にとどまっていないのだ。

シェアビレッジの原型である茅葺古民家を舞台にしたコミュニティも、物件や土地は所有者がいるものの、年貢(町内会費)を納めた村民たちで共につくる村として、消費者と生産者の境目が溶けた村のようなコミュニティを目指してきた。

東京の神田にある「ちよだプラットフォームスクウェア」は、千代田区の公共施設を民間が賃貸借し、多世代・多地域がつながり育つシェアオフィスとして運営している。その運営主体は「非営利型株式会社」として、事業としての持続可能性を持ちながらも、利益を地域と事業に再投資し続け、まちにソーシャルキャピタル(社会関係資本)を生み出していこうという目的を持っている。

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資産としては「公(Public)」のものだけれど、市民が自分ごととして関わる仕掛けや、使う人と共に自治していく環境をつくることができれば、「共(Common)」になっていく可能性を秘めている。

コモン=一緒につくっている感

結局のところ、所有権がどうであろうと、商品かそうでないかであろうと、実態として「コモンズ」になっている場合もあれば、そうでない場合もある。

一緒につくっている感。
自治している感。
内発的に参加している感。
自分たちのものと思えている感。

ふわっとしているけれど、たぶん、その「共同体感覚」がとても大事なのだ。身の回りの小さな範囲でその感性をビンビンに育んでいると、その射程が広がって、地球全体をグローバルコモンズとして捉えることができるのかもしれない。(このあたりはいつかもうちょっと考えたい。誰か!)

こういった感覚がゆるやかに共有されていると、お金だけの関係を越えて、お金を介在しない(非貨幣的)活動や、サービス化されていない(脱商品)活動、メンバー同士の贈与の打ち合いが自然とうまれはじめていくのだと思う。

そんな営みを楽しみながらつくっていくキッカケの一つに、Share Villageのアプリで発行できる「コミュニティコイン」を使って遊んでみてもらえたら嬉しい。

みんなでシェアしている古民家の屋根葺き替えを頑張ってくれた時、集落のお祭りを盛り上げてくれた時、遊びに来たついでに子どもの勉強の面倒を見てくれた時、近くの耕作放棄地を耕しまくってくれた時、めちゃでかいブリを釣ってきてくれた時・・・

そんな時に、元気玉(古いかも)のごとく、みんなからコインが集まっていく。コインというとお金っぽすぎる時は、年貢でもなんでもOK。そのコインをつかって、コモンズを利用(古民家や住宅に泊まるとか)してもいいし、誰かにプレゼントしてもいい。どこかのコミュニティと姉妹村になって、コミュニティ同士がつながるキッカケにするのも面白いと思う。

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コインがぐるぐるめぐることで、お金とリターンという「等価交換」(いくら出したらいくらの権利をもらえる!)をフニャフニャにしてみようではないか!


皆で持ち寄って育む、“村”のようなコミュニティをつくってみませんか? コミュニティをつくりたい方、コミュニティに参加したい方はホームページをご覧ください!


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