脱却を図る

学校への道のりは危険がいっぱいだ。誰にも会わずに学校に行くのは至難の業。
それを6年と2年弱ほど極めた麗奈にとっても難しいことだ。
挨拶をしたくない。同じ学校に通う人間と会うこと、同じところに住んでいる人間と会うことが嫌なのだ。
麗奈の声は小さい。
声をかけられたらたまったものじゃない。
声を出せるかどうかわからない。そしたらまた、学校であいつは無愛想だとか、人のことを無視する性格の悪い女とか言われるに決まっている。
うんざりだ。挨拶したらしたで隣にいる人としゃべっているふりをして聞こえなかったで終わらせるくせに。
何を頑張ろうとしたってもう無理なのだ。
生まれた時から大事にされる人と、大事にされない人と決まってしまっている。
だから自分が何をしても変わらない。
悪口を言われるのも、陰口を言われるのも、友達がいないのも、それを気にしてしまうのも変わらないことなのだ。
狭い狭い世界の中で、箱から箱へと移されていく。
長い前髪をわざと前に垂らし視界を塞ぐ。
できる限り下を向いて、背中を丸めてアルマジロみたいに歩こう。
外敵に見つからないように地面と同化して。
イヤホンで耳を塞ごう。甲高い騒ぎ声が聞こえないように。
コンクリートで固められた地面をひたすら見ているとすぐに学校につく。
隅っこをこそこそと歩き、薄暗く埃のたまった昇降口で靴を脱ぐ。
「帰りたい」
今日も一日何事も起きないことを祈り、人間を詰め込む箱へと自ら入るのだ。

麗奈は数学の授業中教師がこちらを見ているのが分かった。
どうしてだろう。授業態度はかなりいいはずだ。教師の話を聞くことは自分が誰ともつながりのない教室で唯一誰かとつながっていると感じれる時間だ。確かにちょっといたずら書きもした。でもすぐに消したし。ちょっと眠くて眠ってしまったこともある。でもすぐに5分としないうちに起きてそれからはごまかすように懸命に教師の話を聞いていたはずなのに。
じっとりと手汗をかく。怖い。自分の行動を見直して、自分の考えていたことさえも見直して、どこが悪かったのか探す。
どう謝れば許してもらえるだろうか。
もうだめかもしれない。教師に嫌われてしまったのだ。もしかしたらこれからずっと無視されたり、勉強でも置いていかれるかも。
母に告げ口されるかもしれない。
どうして、怖い。胃が痛い。

一番いやなのは体育の授業。教室からグラウンド迄の移動の時、常に麗奈は一人だ。クラスメイトみんなが誰かしらと話しながら、グループを作って移動している中で一人でこそこそ後ろからついていく。一人でいる自分のことがみじめで誰にも見られたくない。自分だけが一人でほっぽりだされ、みんなからはどう思われてるんだろう。前から聞こえる甲高い笑い声とか、「そういえばあいつってさ」という言葉に胸がぎゅっとなる。それは誰のことを笑ってるの、それは誰の話なの。
聞いても仕方がない疑問を頭の中で投げかける。不憫だとか不幸だとか思われたくない。背筋を伸ばして歩こうとしたら、ちょうど振り向いた女子生徒と目が合って、慌てて目をそらし、下を向いた。廊下のタイルが2個ずつ色違いで均等に並んでいる。聞こえないふり、意識しないふりをする。そして、少し歩幅を小さくした。これで1メートルぐらい前のグループと引き離されて楽になる。
グラウンドについても苦痛の時間は終わらない。教師が来るまでの間、クラスメイトはグループを作りだべり始める。だいぶそこから離れたところで麗奈は棒のように突っ立っていた。足で地面の土をいじる。でもすぐに飽きた。早く教師が来てほしいと思うが、いつでも授業が始まって5分くらいたったところで教師は現れるのだ。生徒には5分前行動だとか、少しでも遅れたら叱るのに、自分は5分後行動だ。苦痛の時間が長引くことに対する怒りを体育教師に八つ当たりしていた。だからあの教師はだめなんだ。
そして、体育教師がやってきて授業が始まっても、さらに続く拷問。
授業は二人一組で準備体操やストレッチをする。さらに今日はテニスの授業。ペアになって打ち合いをするらしい。
麗奈とペアになる人はいない。もしかしたらいるのかもしれないが声をかける勇気がない。体育教師は麗奈のことなど見ないふりをする。自分の力でペアを作ることも社会性を鍛える一環だとか言ってたから、一切手だししないのだろう。できない人のことは見ない。主張しない人のことはおいていく。しょうがない。自己責任なのだ。あっちもあっちで忙しいのだろう。
麗奈を除いたクラス全員が準備体操をして、ラケットを取りに行き、打ち合いを始める中で、麗奈は一応周りに合わせて、準備体操を一人でして、ラケットを準備した。でもそのあとは突っ立っていた。どうしようもなかった。ただこの場から逃げたかった。
そして、体育の授業の評価はオール1を付けられるのだろうな、と思う。体育のせいで留年したらどうしよう。怖くて仕方がない。

授業中。
確か、今は国語の授業。教師が教科書を読むのをひたすら聞いていた。そのあと、段落をまとめたり、意見を出し合ったりするんだと思う。
お腹がぎゅーっとなるのが分かった。痛い。いつもの痛みではなくて、もっとお腹の中に手を入れられて、腸をねじられているような苦しい痛み。
「…ッ」
お腹を押さえる。
教師の声が耳に入ってこなくなる。
「…ったい」
小さく呻き、深呼吸する。汗が体中からぶわりと吹き出し、体が熱くなる。全神経がお腹に集中する。目には涙がたまり、呼吸が浅くなっていく。
股に違和感を感じる。
意識せずにそこから液体が漏れるのが分かった。それが布にまで達し、ぐっしょりと布を濡らしていく。
でも立ち上がることができない。どうしよう。教師になんていったら。いつものように冷たい目で見られて、さぼろうとしているのだろうと思われたら。言い訳の言葉が出てこない。どうすれば。
「ちょっと」
気づいたら真横に教師が立ち、麗奈の肩に手を添えていた。
下を見ることしかできない麗奈はぶるぶると震えだす。
「来なさい」
国語の教師に静かな声で促され、立ち上がった。
ぽた、ぽた、ぽた。
液体が布を伝って、椅子に垂るのがわかった。
股を伝い太ももに垂れ、それが足首まで濡らす。振り向いたらそれは赤い液体だった。
「うわっ、きたな」
「何あれ、血!」
「ていうか生理なってたのに気づかなかったの?」
「きも」
クラスメイトが騒ぎ出す声が後ろから聞こえてくる。
目の淵から耐えられなくなった水分が落ちた。ぽたぽたぽた。
鼻水と一緒に落ちていく。ぎりぎりと歯を食いしばる。
死にたい死にたい死にたい。
その言葉で頭の中がいっぱいになっていく。
声を押さえて泣く。
もうそのあとはどうでもよくなった。
むしろ今まで耐えたのだ。もういいでしょ。

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