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ポップカルチャーは裏切らない

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”好きなものを好きだと言う"を基本姿勢に、ライブレポート、ディスクレビュー、感想文、コラムなどを書いている、本noteのメインマガジン。
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記事一覧

断念から始まる世界/森見登美彦「シャーロック・ホームズの凱旋」【本の感想】

断念から始まる世界/森見登美彦「シャーロック・ホームズの凱旋」【本の感想】

1月に刊行された森見登美彦4年ぶりの新刊「シャーロック・ホームズの凱旋」。本作はヴィクトリア朝京都なる世界を舞台に、名探偵シャーロック・ホームズや助手のワトソン君をはじめ、シャーロックシリーズでお馴染みのキャラクターが登場する二次創作シャーロック作品でもある。

京都の建築や地名がひしめき、登場人物のパーソナリティも少しずつ異なる“京都リミックス”が施された本作。おまけにシャーロックがスランプで謎

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アニメ『ボボボーボ・ボーボボ』をちゃんと考えてみる①(1~24話)

アニメ『ボボボーボ・ボーボボ』をちゃんと考えてみる①(1~24話)

30歳を迎え、子供が生まれ、取るべき資格試験を一応全て終え、人生が一区切りついたように思うこの折。こういう時こそ、自分のルーツに向き合おうと思い今年からNetflixで配信開始となった『ボボボーボ・ボーボボ』を観直してみたのだが、あまりにも私のポップカルチャー体験の原点すぎて感動すらしてしまった。超越、突飛、不条理。好きな表象表現の全てがあったのだ。

『ボボボーボ・ボーボボ』は澤井啓夫・作で20

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そのリズムに転がされ【遅日記】

そのリズムに転がされ【遅日記】

3-4時間おきにミルクを作り、我が子に飲んでもらうというルーティーンが日常に加わって幾ヶ月か経つ。3月から育児休暇を取ってからはさらにそのリズムと併走して生きている。ミルクを与え、眠りこけることもあれば、泣いてオムツを変えることもある。吐き戻したり、しゃっくりで落ち着かなかったり。様々なパターンがある。

我が子が穏やかなタイミングを見てあれこれと用事を済ませたり、穏やかじゃない時も断腸の思いで用

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街裏ぴんく/虚構の身体性

街裏ぴんく/虚構の身体性

街裏ぴんくがR-1グランプリを獲ったという嘘のような本当の報せにとてつもなく心が踊った。そして実際に放送を確認して更に興奮する。ピン芸という何でもアリの大会において、漫談というステゴロなスタイルで勝ち切っており、しかも最終決勝ネタは彼のポッドキャスト番組「虚史平成」で放送された漫談をベースにしていたからだ。

これだけ多彩な笑いの選択肢が溢れる現代において、彼のスタイルはどんな場所でも変わらない。

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ジブリパークの記憶をたどる

ジブリパークの記憶をたどる

1年と少し前、愛知に住んでいた時期に2度ジブリパークに行った。その時はまさか「君たちはどう生きるか」が人生レベルの大事な映画になるとは思っていなかったので、ジブリへの興味関心はそこそこ、トトロとぽんぽこは大好き、ぐらいのテンションで行ったのだった。

久々にその写真を読み返すと、どこか不思議な感じがした。その不思議さを言い当てるべく、ジブリパークの記憶を写真と共に辿りながら振り返っていこうと思う。

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戻れないけど消せもしない/Base Ball Bear『天使だったじゃないか』【ディスクレビュー】

戻れないけど消せもしない/Base Ball Bear『天使だったじゃないか』【ディスクレビュー】

子どもが生まれてから生活は変わった。粉ミルクを溶かす時間がルーティーンに組み込まれ、泣き叫べばオムツを変え、それでも泣き続けるならば抱っこする。当たり前のことだが、妻とともに育児に向き合う日々は去年までの自分とは全く違う。しかし買い物に行ったり、出勤したりする時にはいつも1人。そんな時、慣れ親しんだ音楽を聴けば自分が我が子の親になったという事実と同時に、今までと変わらない自分もまたここに居続けてい

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自由だったはずの世界/ヨルゴス・ランティモス「哀れなるものたち」【映画感想】

自由だったはずの世界/ヨルゴス・ランティモス「哀れなるものたち」【映画感想】

ヨルゴス・ランティモス監督がアラスター・グレイの小説を映画化した「哀れなるものたち」。自殺した妊婦にその胎児の脳を移植した人造人間ベラ(エマ・ストーン)と、それを取り巻く男たちを描く奇怪な冒険譚である。

上の記事では原作小説の感想を書いており、どう映像化されているのかという期待を高めていた。実際、映画を観てみると登場人物のバックボーンを描くことを排したことによる寓話性の高まり、そして映像で見せる

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ここは無秩序な現実/アリ・アスター『ボーはおそれている』【映画感想】

ここは無秩序な現実/アリ・アスター『ボーはおそれている』【映画感想】

「へレディタリー/継承」「ミッドサマー」のアリ・アスター監督による3作目の長編映画『ボーはおそれている』。日常のささいなことで不安になる怖がりの男・ボー(ホアキン・フェニックス)が怪死した母親に会うべく、奇妙な出来事をおそれながら何とか里帰りを果たそうとするという映画だ。

本作は上記記事で監督自身が語る通り、ユダヤ人文化にある母と子の密な関係性、そして"すべては母親に原点がある"というフロイトの

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のっぴきならない【遅日記】

のっぴきならない【遅日記】

妻が産院から退院し、2日間手伝ってくれた義母が帰り、さあいよいよ私と妻と赤子の3人暮らしだ!と意気込んだその夜。のっぴきならない事情でワンオペになってしまった。妻が妊娠に伴う別件で入院になってしまったのである。突如として訪れた私と子のサシの時間だ。

なんせ妻がどういった状態なのかもしれぬまま夜が深まっていく。そちらの不安がまず大きすぎる。無音で過ごすのも落ち着かないのでその時放送されていた「IP

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構造が皮肉〜「哀れなるものたち」【読書感想】

構造が皮肉〜「哀れなるものたち」【読書感想】

叶うならば映画館に行き「哀れなるものたち」を観たかったのだが、子育てスタートダッシュの時期ゆえ困難に。ならば、と思い原作小説である「哀れなるものたち」を手に取って読み進めてみたのだった。

予告編などで受けた印象は幻想的で奇怪な世界観の劇映画だったが、小説を開いてみるとその凝った構成にまず驚かされる。本作は、発見された(とされる)原稿とそれに基づく取材、そして登場人物の手紙や手記を編集した独特の構

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言葉から始まる〜九段理江「東京都同情塔」【読書感想】

言葉から始まる〜九段理江「東京都同情塔」【読書感想】

私はしばらく小説作品から離れていたのだが、本作で一気に引き戻されたように思う。芥川賞受賞、押韻の効いたタイトル、そんな軽い興味からかなり深くまで引きこまれた。まさに今という時節に読むべき1冊だったと思う。

「東京都同情塔」は言葉そのものを巡る洞察に満ちた作品である。牧名沙羅と東上拓人という青年の語りが本作の中核を成している。しかしこの2人の関係性を掘り下げてみると、本作の人と人が通い合うことへの

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血塗られた快楽主義者たち〜「みなに幸あれ」【映画感想】

血塗られた快楽主義者たち〜「みなに幸あれ」【映画感想】

下津優太監督の初長編映画「みなに幸あれ」が示唆に富む怪作だった。本作は「第1回日本ホラー大賞」の大賞を受賞した11分の短編映画を長編へとリメイクしたもの。「呪怨」の清水崇監督が総合プロデュースを務め、Jホラー文脈による強いバックアップと先鋭的なアイデアが交差した作品と言える。

本作は「誰かの不幸の上に、誰かの幸せは成り立っている」という思想に基づいた物語が展開されていく。やりすぎなくらいの恐怖描

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2065年の花束〜「もっと遠くへ行こう。」【映画感想】

2065年の花束〜「もっと遠くへ行こう。」【映画感想】

イアン・リードの小説を原作としたAMAZON ORIGINAL映画「もっと遠くへ行こう。」に圧倒された。「レディ・バード」のシアーシャ・ローナンと「aftersun」のポール・メスカルの共演によるSFドラマで、超大作ではないが紛れもなくサイエンスフィクションであり、そして人間ドラマであった。

この映画における宇宙の要素に関しては夫婦への影響の1つであり、主題となるのは親密であるはずの関係に生じて

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倒錯の正体〜「Saltburn」【映画感想】

倒錯の正体〜「Saltburn」【映画感想】

上の令和ロマンのインタビューで高比良くるまが松井ケムリを「お金持ちの息子さん」「でも甘やかされておらず、正しい金銭感覚を持ち、そして、おおらかな精神もあわせ持つという日本最強の男」と評していたのは微笑ましかった。そしてケムリもくるまを「彼の面白さを伝えるのが役割」とM-1アナザーストーリーで話しており更に胸が熱い。大学で出会った彼らの関係性に、階級や格差を前提としたルサンチマンが見えてこなかったの

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