遠影此方

未来のことを考えて、それから小説を書いています。

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最近の記事

名づけられたものたち

ある晴れた日のことだ。町で暮らしはじめて春のあの涼しい風はどこかに消えうせ、かわりにじとじとした風が加減を知らない太陽を連れてきた。通りを抜ける風は気持ちのいいものから鬱陶しいものへと変わり、日なたの石畳は熱せられて渡ろうとすれば足の裏が焼けてしまうだろう。町というものに興味がなかった僕はこの変化のせいでますます町の表通りへ行かなくなり、かといって一番近くの草原に出ようとしてもかなりの距離があり、そこまでも道のりには一面の砂地を越える必要があった。僕は観念して宿の部屋で日を過

    • 王国

       魔王軍の進撃に怯える王国であるが、その王は世継ぎの子がたった一人しかいなかった。  世継ぎは臆病な王子であり、国を統べる王の器にどうしても思えない国王はこれを嘆いた。帝王学を学び、年幼くとも聡明であった彼は魔法に長けていたが、剣術はそこそこであった。来る魔王軍との戦争には剣術こそ長けているべきと考える王は、一人息子の魔法の才を邪魔に思った。王子は魔導書を求め朝から夜まで書庫に篭るばかりで、外で他の貴族の子らと剣術に励むことをしないからだ。  王子は母方からの金ならぬ銅色の髪

      • 「人間らしく」

        「人間らしく死んじまった方がぼくは楽だと思うんだ。」 夕暮れ時の、人気のいなくなった教室で、きみはぼくと掃除をしながらそう言った。 きみの髪はもともと茶色だ。顔立ちがしっかりしてるから、噂では西洋の血が流れているんじゃないかと言われているよ。夕陽の光にあてられて、まるで金色に輝いている。 眼は対照的により暗くなって、やがて訪れる夜の帳を示唆しているように思える。 「人間らしい死に方のことかい? それとも、人間として生きて、それから死ぬってことなのかい?」 「うん。そ

        • セブスト戦記「氷獄のベスティラ」

          さっきまで青空が見えていたのに、あっという間に黒い雲が太陽を隠す。樹の上の私はおやと思って鼻をひくひく動かす。草の匂いと土の匂いのほかに、どこか酸い匂いを嗅ぎ取る。ああ、これは雨が降る匂いだ。空は白と灰色の雲が重なったり、混ざったりしながら流れてゆく。不意に、頬に冷たい風が吹きつける。頬を引っかくような感触に、これは荒れるな、と思った。風に揺れたのか、首の鈴がちりんと鳴った。 1 ポロンの言うとおりに、わたしたちは木陰の下に避難した。チュリエの縫った布の合羽を被り、その到

        名づけられたものたち

          銀の髭、黄金の眼(改訂版)

          うっそうとした暗く深い森の中、その暗闇の中に、炎は赤く燃えている。薪の弾ける音と共に、火の粉を虚空に向けて散らしてゆく。二人はそれを囲んで座り、その背から影が伸びる。一人は大きく、影は木々の影に紛れて見えない。もう一人は小さく、その影はゆらゆらと揺れて定まらない。大きい影が口を開く。争いの話をしよう。お前がまだ生まれていないときに起こった、百年にも渡る争いのことを。そうして大きな影が語りだすと、それまで動いていた小さな影は動くのをやめた。大きな影は語る。小さな影の知らない昔話

          銀の髭、黄金の眼(改訂版)