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バレンタインはこわくない

気付けば今年もバレンタインデー。

37年生きてきて、人生でバレンタインにチョコレートを作ったことが数えるほどしかありません。
なぜなら良い思い出がマジでひとつもないからです。


高校生の時、彼氏のために生まれて初めてクッキーを焼きました。

【バレンタインx彼氏x手作り】
という様式美に憧れたのです。
恋する女子高生の王道をやりたかったのです。

雑誌のバレンタイン特集に並ぶ、「トリュフ」とか「ガトーショコラ」とかの小洒落たお菓子がハート型のボックスに丁寧におさめられている写真。
20年前に「トリュフ」なんて、もう、最先端で都会的でオシャレで。
でも田舎の女子高生の限られた予算では材料を揃えることができず、家にある材料でなんとかなりそうなクッキーで妥協したのです。

ラッピングも、当時は100均ショップなんかなかったし、近所のファンシーショップに売ってるラッピンググッズはクッキー材料費の5倍くらいの値段がした時代です。
仕方なく、袋や紐や箱は家中からどうにか探し集めたのでした。

そうして出来上がったものは、思い描いていた理想像からはずいぶん遠ざかったものでした。

でも彼氏はそんなのでもすごく喜んでくれたんです。
夜、電話で
「クッキー超美味かった!もう全部食べちゃった!」
って言ってくれたのが、お世辞でも嬉しくて。

でもね。
それが、ほんとにお世辞だったんですわ。
数週間後に、彼氏の部屋でクッキーを発見しちゃったんです。
明らかに存在を隠すように、引き出しの隅っこに押し込められているのを目にした瞬間のことは今でも忘れられません。

改めて手に取ってみたら、
箱は何かの空き箱を使い回したというのがバレバレだし、クッキーもみすぼらしくていかにもまずそうで。

こんなクッキー、そりゃ食べたくないよね。隠したくなるよね。
彼氏に問いただすなんてとてもできなくて、見て見ぬフリをしました。

手作りお菓子もそれきり封印しました。

でもその後、長い時を経てようやく傷も癒えてきた24歳。
「そろそろ手作りバレンタインの呪縛から解放されてもいいんじゃないか?」
と、ようやく思える時が来たんです。
今回は、初心者でも手堅く美味しく作れるであろうチョコバナナケーキを作ることにしました。
時代は移り変わり、100均に行けば誰でも簡単に可愛いラッピングを手に入れられます。
おかげさまで、我ながら「これはちゃんと正統な手作りバレンタインだ!」と胸を張って言えるようなものが出来上がりました。

そしたら彼氏も、めちゃくちゃ喜んでくれたんです!
渡してすぐ一緒に少し食べたら「めっちゃうまい」って褒めてくれて、「残りは会社に持って行っておやつに食べるね」って言ってくれて。

ああ、これで私のトラウマもようやく昇華された!って思えた、最高の日でした。

数週間後に、彼の部屋の片隅から潰れたケーキが発掘されるまでは。

ふたりで一緒に食べた時から、ひと口も減っていませんでした。

彼は、本当にただ存在を忘れてしまっていたのだそうです。
ウソじゃないことは分かりました。
なんせ彼の部屋はいつも服や本やCDが床一面に積み上げられていて、そんなのの下敷きになってしまったら二度と目につかないのも仕方ないというレベルの汚部屋だったからです。

心底申し訳なさそうに謝り続ける彼は「もったいないから食べる」と言ってくれたけど、何週間も放置されていたものなんて食べさせられないし、何より最高の思い出を授けてくれたと信じていたケーキが無残な姿で目の前に存在していることが、恥ずかしいような情けないような気持ちで、見ていられなくて、いいよいいよこんなの、と言ってゴミ箱に捨てたのでした。

やっぱり私はバレンタインに呪われてるんだ、と思わざるを得ませんでした。
たまたま悪いことが2回続いちゃっただけなんだけど。

しかしながら人は繰り返す生き物で、28歳の私はまた作ってしまったのです、夫のために、生チョコを。
当時の私は妊娠6ヶ月。つわりが終わって安定期に入ってだいぶ元気になっていた頃でした。

これは誤解のないように先言っておかねばなりませんが、
夫が甘いものがそれほど好きじゃないことも、バレンタインとかクリスマスとかのイベントに心底興味ないことも知っていたので、手作りチョコなんか喜ばれないであろうことは重々承知だったのです。
でも、日々の激務とつわりに苦しむ私を根気強くいたわってくれていた夫への感謝を何か形に表したいと思って、それがマタニティハイでバレンタインに向かってしまったのです。

結婚10年目の今ならさすがに分かるんですよ。
感謝を形に表すのは良いことなんだけど、夫への場合、それはバレンタインの手作りチョコとしてじゃないだろうと。
夫、チョコ欲してないよと。
私だって夫から「Shaniちゃんいつもありがとう。これ感謝の気持ちね」って、例えば釣り竿とかもらったら戸惑います。
え、ありがとう、釣りせんけど…。ってなる。

28歳の私はまだバレンタイン幻想に囚われていたのです。

夫は「ありがとう」と言ってはくれました。
でもそもそも夫はチョコレートそんなに食べないんですよ。
「プレゼントされたらなんだかんだ食べるのでは?」って思ってたんだけど、マジウケるwwwwていうくらい食べませんでした。

そんなわけで冷蔵庫に生チョコの箱がほぼ内容量を変化させずに鎮座し続けていたので、結局私が少しずつ食べました。
「だから手作りはダメって言ってんじゃん!マジで学ばねぇな!」
と16歳の私と24歳の私にめちゃくちゃ詰められた気分でした。

ちなみに、年を経るごとに夫は徐々に甘いものを食べるようになってきました
お、じゃあやっぱりあれば食べるんだなと思って、その後も毎年バレンタインには一応チョコを買ってプレゼントしてきました。

でも今年あらためて聞いてみたんです。

「バレンタインとかどうでもいいって思ってることは知ってるんだけども、とは言えバレンタインに私から一切チョコレートもらえなかったら、それはそれでさびしいな〜って思いますか?」

「思わない」

「まったく?」

「まったく思わない」


はい今年からチョコ買うのやめるの決定〜〜!!!

だよね?バレンタインにチョコ食べる必要ないよね?
好きな日に、寿司とか肉とか食べたいものをふたりで選んで食べる方がずっといいよね?
慣習にとらわれずそれができることこそが私たち夫婦の良さなんじゃないの?

10年以上夫の隣にいたのにこの結論に到達するの遅かったな!
でもいい、それでいいんだよ、少しずつ夫を知っていく方が長い夫婦生活今後も楽しみがある。あるはずだ!

というわけで2021年、私はついに本当の意味でバレンタインの呪縛から解放されることになったのです。
もう37歳なんですよ。こんなに時間かかると思いませんでしたよ、呪縛強すぎですよ。

でも言っておきたいのは、
「バレンタインなんかどうでもいい」
ってことじゃないんです。

逆なんです。

「バレンタインは楽しいもの」
って素直に思えるようになったってことなんです。

私は今年から、本当の意味でバレンタインを楽しめるようになりました。
義務でも、慣例でも、気持ちの押し付けでもないバレンタインを。
好きな人に、自由な心でプレゼントできるバレンタインを。

「好き」と「楽しい」だけでいい。
バレンタインはこわくないんだ。


(Title photo by Yuki Ishikawa)


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