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文章作れぬ若者

鮭缶

12月5日 読売新聞 (筆者=未記載)

 中国の殷墟(いんきょ)から発掘された甲骨文字は、今から3000年以上も前に誕生したと考えられています。これらは現在確認されている漢字の一番古い祖形で、その文章は占いのためであり、それはつまり神との交信が目的であったのだとか。
 これは2012年に放送された「NHKスペシャル 中国文明の謎 第2集」の内容ですが、それから7年も経ったある朝、私は自宅の玄関でこの内容を思い起こされる事になりました。

意味の通じない文章

 朝、玄関で新聞を取り上げた私は、四つ折りにされた紙面に大きく題された見出しに、立ったままその記事へと目が移ります。
 記事には「この公園には滑り台をする」とあり、こうした意味の通じない文章が近年増えており、大手予備校の現代文講師、小池陽慈さんと武蔵野大の藤本かおる准教授はともに、その原因の一つにSNSの普及があると考えている、と書かれていました。掲載された写真にはスマートフォンのLINEの画像。そこには単語や短文での矢継ぎ早な会話文が写っており、短文には助詞や接続詞がありません。
 《長文嫌い 接続詞は苦手》な今の学生に対し、高千穂大の小林康一准教授のゼミでは、《まず学生がテーマや言いたいことを挙げ、小林准教授とともに構成を考える。その構成をもとに学生が口頭で発表。その内容を録音しておいて、後で学生が聞き直して書き起こす》との手法をとられているそうですが、私は特に、まず学生が……言いたいことを挙げ、のくだりにハッとさせられました。

書きたいものをなぶり書きしてみた事 

 学生時分、私は作文がきらいでした。「思った事を書いてみなさい」という先生に、思いなんか無いのに! と書かされる事への怨む思いが有るのを我知らず。とにかく書いてみた文章はもう支離滅裂で、一度だけ、テーマとは関係なく書きたいものをなぶり書きしてみた事がありました。思春期の、溢れ出るたわい無い文言。しかしそれは原稿用紙を瞬く間に埋めてしまったのです。読み返せばやはり支離滅裂な文章に違いはなかったのですが、違ったのは、悪いところを書き直して読める文章にしようとした事でした。

読める文章にしようとする心の向き

読める文章にしようとする心の向きは、まずは本当に伝えたい思いを見出す事から生まれるのではないでしょうか。
 12月7日の読売新聞の一面には、今回テーマとさせていただいた記事の後半があり、そこには読書の大切さが書かれていました。本は様々な知識を得られますが、何より心に触れる事ができます。それは文章に出てくる人の心のみならず、書き手の心までが伝わってきたりもします。その人がなぜこれを書き伝えようとしたのか、そんな心に共振するような事があったなら、自ずと無意識であった自分の気持ちに気付けたりします。そうなれば、本当に伝えたい思いを見出す事は、他者から促されるまでもないのでは?
 本はゆっくりと、そして折々に何度も読み返したいものです。読書は学習のためではなく、豊かな心を育むものですから。

甲骨文字

冒頭で触れた甲骨文字ですが、神との交信のために生まれた文字というものが、次の時代には人との交信へと目的が変わってゆきます。自然災害をどう避けるか必死に神へ問いかけていたものが、より多くの人々と繋がる事で血路を開く、との新たな目的への変化があったのだそうです。ちなみにNHKディレクターの安倍修英さんはその番組紹介の中で、刻まれた膨大な数の甲骨文字に書き損じが無い事に驚かれています。きっとミスの許されない命がけの現場だったのだろう、と。

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