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春キャベツが食べきれない

春になった。待ちわびていた春になった。
3月に受けたインタビューで「春になったらやりたいことはありますか?」と聞かれた。キャンプとか、トレンチコートに挑戦とか、言いたいことは山ほどあったはずなのに、口をついて出たのは
「旬のものを楽しみたいですね。」
だった。

綾波レイのほうがマシなもん食べてると言われるほどの食生活のわたしが、なんてことを言ってしまったんだ。
そのあとの、たけのこごはんがどうの〜のくだりは思い出すだけでも恥ずかしい。ビクビクしながら4月をやり過ごしていると、あっという間に5月になっていた。

みんなが春になったことなんて忘れたに違いないとスーパーの野菜売り場へ行くと、食虫植物のようなどでかい緑のかたまりが驚きに安さで売られていた。

春キャベツである。

出たな、旬の化け物め。

そこには、私が知っているキャベツーー寒い季節に見る、お家から一歩も出たことありませんてカンジの顔つきで、四つ切りにされたり八つ切りにされてもいやな顔ひとつせず静かにしているあのつるんとしたあれーーとは似ても似つかない破天荒な野菜があった。

誰もが振り向く、「98円」の赤い見出し。
その下に、大輪の外葉に包まれた聞き分けの悪そうな野菜が転がっている。

電車でずうずうしく座る客もこれほどまでにおっぴろげることはあるまいというほど、外葉をおっぴろげている。新緑をぎらつかせた外葉に捕食者であるはずのこちらが飲み込まれそうなほどだ。
春なのだから大人しくキミドリでいればいいのものを、春の勢いに乗じて緑になろうとしているのがバレている、痛々しいまでの緑ワナビーカラー。

旬のものが楽しみたいだなんて、2ヶ月前の私はとんだ宿題を残してくれたものだ。

自分の肩幅をゆうにこえるそれを両手に抱えると、ギイッと音を立ててヒダが広がる。恐ろしい威嚇攻撃。これ、ほんとに食えんのか。
台所に置いたものなら目を離した隙に逃げ出すならまだしも、そのうち歌い踊りながら人肉を望んだりはしないだろうか。

視線を下にやると無慈悲にも剥ぎ取られた外葉の墓場ともいえるポリバケツが置いてあった。たしかにこの大きさでは冷蔵庫には入らない。ここいらですこーし大人しくなってもらおう。

バサっ、みしっ、バキっ。
春キャベツはわめく。こうなってくると食うか食われるかといった沙汰、暴れん坊将軍もびっくりの春の大捕物である。

私が今日の目玉商品と格闘していると、スーツ姿の客が陳列棚の前に立ち、スマートフォンで今日の獲物を写真におさめて、メッセージを打っているようだった。
これを持って帰るかどうかの相談でもしているのだろうか。たしかに何も言わずに持ち帰ったものなら野良猫を拾ったよりも大騒ぎになるかもしれない。
そんなことを考えているとさっきまであんなにあばれん坊だったキャベツが思いの外こぢんまりとしている。

いけない、外葉を剥ぎとりすぎてしまっただろうか。
でも、この聞き分けの悪そうな外面の中にシャイなお姫様が隠れているにちがいないと、その時は思っていた。

当時の私に言って聞かせたい。君ははもののけ姫のアシタカよろしく、理性を失ったタタリ神からサンを救い出そうとしていたけれど美輪明宏がきいてあきれる。
そこにサンも白雪姫もいない。躍起になってポリバケツに放り込んでいるそちらが本体であるということ。プリンセス幻想には終止符を。

訳もわからぬまま「今日のところはこれくらいにしてやろう」と帰路につくも、店では小さくなったように見えたそいつはやはり冷蔵庫には入らなかった。そこで気づく、うちには包丁がないことに。


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