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学研ムーとAI

学研ムーという雑誌がある。
学研というのは、言わずとしれた学研ホールディングス(旧学習研究社)であり、「学研の科学」と「学習」でおなじみの教育系出版社だ。

まあ我々世代にとって学研といえばむしろBOMB!であり、アイドルのグラビアをこれでもかと見ながら「いったい我々はなにを学習しているのだろうか」という複雑な気分になったものである。

さて、学研の扱う範囲は幅広く、その中でも極北といっていい場所にある存在が「学研ムー」である。

ちなみに写真は「アメリカン・ジャイアント」というアメリカのアパレルメーカーのロゴだが、ムーのロゴにものすごく似ている。なんでこの形に?と思ったら、「A」と「G」を組み合わせた記号なんだということが今わかった。

「学研ムー」は学研の扱う幅広い雑誌群の中でも「趣味・実用・教養」に分類される。

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ジャンル的にはカメラ雑誌のCapa!と、ガジェット雑誌のGet Navi、歴史群像などと同じとされる。

つまり、なんらかの実用性や教養性を持っている雑誌とされている。

しかし、ご存知のように、学研ムーはあまり実用性がない。

もしご存知ない方のために補足すると、学研ムーの最新号の目次は次のようなものである。

・量子コンピューターと黙示録大予言
 「全人類を支配する反キリストの獣666は次世代の超AIだった!」
・長頭エイリアンの謎
・念写 三田光一 
・ アダムスキーのUFO写真に新事実
・アフリカ巨人文明
・スターシップ理論
・別冊マンガ付録 虚舟事件の謎とパンドラの箱

ついにAIが学研ムーに登場するようになったのかと感慨深い気持ちになる。

ちなみにKindle Unlimitedで読むことができる

ムーというのは、科学的なのか非科学的なのか、神秘的なのか身もふたもないのか、よくわからないところが魅力なのだが、だいたい1990年代のムーの特集といえば、UFOはナチスの最終兵器だったとか、そろそろ世紀末来ますよとか、そういう内容だったので実際に世紀末を越してしまうとネタ切れ気味になり、それでも2012年にフォトンベルトが来るとか、超AIで人類が滅ぶとか、そういう話にシフトしてきている。

少なくとも1990年代の学研ムーにAIの話は一度もでてこなかったと記憶している。

今月号の特集では、ヨハネの黙示録で出現が予言されたのは、実はAIだったという話が結論のほうにある。ちなみに学研ムーによると、Google AdSenseはAIだそうだから、AIの定義の問題は別に置いておこう。

ムーの内容を信じるか信じないかは読者次第だが、僕が言いたいことは少し違う。

どちらかというと、AIに関係するAIの識者が書いた本のほうが、むしろムー的であるという話だ。

最近は少なくなったが、AI脅威論を煽った本は数年前に山ほど出た。


タイトルからして人類を殺しにかかってきてる。他にもやまほどあったはずだが、見つけられなかった。だいたい2015から2016年前後にこの手の本が流行った。

たとえば「人工知能の都市伝説」では、Siriの属する秘密結社的な組織、ゾルタクスゼイアンに関して言及されている。これは十分な根拠が示されず、証拠もないのに妄想を膨らませて脅威を煽るかのごとく書かれている点でかなりムー的だ。

だいたい、AIが我々が脅威を感じるほど賢い存在なら、うっかり秘密結社の秘密を漏らすわけがない。この勢いで秘密を喋っていたら、個人情報などはダダ漏れのハズである。

普通に考えたらイースターエッグ(ソフトウェア開発者がソフトに入れる遊びの要素)でしかあるはずがない。

ちなみに僕自身が執筆した本であっても、かなりムー的な要素が入り込んでしまっていることは否定できない。

この本は、東大の松尾先生のインタビューから始まって、Yahoo Japan、NVIDIA、トヨタといった実業にAI、特に深層学習を活用しようとしている人たちに話を聞き、そこからシンギュラリティの発生を目指す人々へのインタビューを通して、AIに関してどこまでが現実で、どこまでが将来への期待なのか、2016年時点での展望を探る。最終的には不老不死が実現して人類は外宇宙へと広がっていくことになる可能性までをも示唆しているが、筆者自身は大きな夢としては肯定しつつも、どこか現実感を持てないでいた。

筆者にとってAIとは、革命的に便利な新しくて面白い道具に過ぎず、人類の存亡を脅かしたりするものではない。

コンピュータがやろうと思えば人類を破滅できるのだとすれば、AIも人類を破滅させてやろうと思えばできるのかもしれないが、人類の存亡を脅かすようなことを仕事にはしたくないので、むしろそういう話からはできるだけ逃げたいと思っている。

また、冗談として「AIで不老不死が実現するかもしれない」と言うことはあっても、その分野に関して僕は詳しくないので半信半疑というよりも、ほとんどは疑っている。不老不死が実現するよりも先に自分の脳が衰えてしまって長生きしてもほとんど意味がない可能性のほうがずっと高いと思っている。

それよりも、どちらかというとこの状況下で、新型ウィルスの対抗策としてAI以前に人類の社会システムがあまりにも非力であることに強い無力感を感じる。

テレビでは東京オリンピックの延期が決定したとかで騒いでいるが、これはあまり本質的な問題ではなく、はやくこのパンデミックをなんとかしないと人類が滅亡する可能性はずっと高まってしまう。少なくともこの瞬間にも社会システムは破壊され続けている。

外出自粛や都市封鎖は外食業やサービス業に壊滅的な打撃を与え続け、医療崩壊は本来なら助かるはずの命も助けられないという悲劇的事態を連鎖的に生み出す。

にも関わらず、K-1は強行され、フロリダのビーチは人で溢れ、山手線は相変わらず満員で、喫煙所はこれ以上ないほどに危険な濃厚接触の温床になっている。

たとえ寿命と癌を克服し、不老不死になったとしても、風邪で死んでしまったら元も子もないではないか。社会システムの持続と不老不死はセットでなければならないし、社会システムの持続可能性を高めるためには、AIの活用が非常に有効であると考えている。

とはいえ今回は残念ながらAIによって社会システムを持続可能にするところまでは間に合わなかった。パニック状態になった人々の心理状態を適切にコントロールすることはとても難しい。

ほんの一ヶ月前まで、ロンドンは今年のオリンピックを代替地として引き受けると息巻いていたはずだ。

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しかしいま現在は、感染国の上位ランクに日本はいない

全世界が未曾有の危機を迎えていて、経済的・健康的に健在な先進国がほとんどない状況からどうやって脱却するか。

これはかつてどんな指導者も取り組んだことがないほどの難問であり、世界中の人々が頭を悩ませ、日々不安と戦っている問題でもある。

そう考えると、たぶん今月号の「学研ムー」よりも世界は遥かにシリアスな状況に追い込まれていて、どっちがフィクションでどっちが現実なのかわからなくなる。あ、ムーはフィクションではないのかもしれないけど。

清水沼へようこそ
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ハッカー / サークル「shi3zのメディアラボ」→ https://note.com/sh3syuran/circle

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