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暴れん坊将軍、第一話が凄すぎる

なんだか突然白い馬に乗って富士山の麓を駆け抜けたくなり、「暴れん坊将軍でも見ようかなー」と思ってDVD BOXを探したりしたら、なんとPrime Videoでだいたい見れることがわかった。

この、「暴れん坊将軍」の第一シリーズ第一話のテンションが凄まじい。
「暴れん坊将軍」はなんとなく見ていた、という人でも、シリーズ12本、スペシャルなどをあわせて全832回もある超長編時代劇の始まりを見たことがある人は意外と少ないのではないか。

これがものすごいテンションの高さで監督はもちろん、俳優、脚本がすごい。

というのも、資料によれば、「暴れん坊将軍」の放送が始まった1978年当時は、時代劇といえばTBSに長らく君臨する、ゴールデンタイムのナショナル劇場では、パナソニック(当時は松下電器産業)を創業した松下幸之助直々の命令で「世のため人のためになるような番組を提供せよ」という至上命令を受け、当時松下電器の広報課長だった逸見稔氏が制作した「水戸黄門」、そして松下幸之助自身が制作総指揮に名を連ねる「大岡越前」という二枚看板があった。

なんせゴールデンタイムのスポンサー企業の創業者直々の思いで制作され放映されるドラマであるから、内容が大胆だったり、過激だったりしても文句を言う奴はいない。

そんな完全無欠の大人気シリーズを持つTBSに対して、視聴率の低迷に悩んでいたテレビ朝日に、勝新太郎率いる勝プロダクションが気鋭の新人を送り込む。

勝新太郎は、まだデビューまもない若手俳優だった松平健を自分の弟子として育て上げるため、猛烈に売り込み、主役に抜擢させる。

現役の征夷大将軍が、市井を徘徊するという企画は局内でも物議を醸したそうだが、すでにTBSの「水戸黄門」やテレビ朝日の「遠山の金さん」などで歴史上の人物をキャラクターとして用いながら、史実と違うファンタジーを時代劇に投入する手法は確立されていたという勝算があったのだろう。

ちなみに、実は権力を持つ偉い人が身分を隠して市井に紛れ込み、事件解決をするという手法は、遠山の金さんこと、町奉行の遠山景元をモデルとした講談・歌舞伎としてすでに基本パターンがあったそうだ。実在した人物である遠山金四郎景元は、将軍や幕府の要職から伝えられる命令に逆らい、庶民の娯楽や生活を守ろうとしたことから、江戸の庶民たちから人気を集め、彼を主役とした歌舞伎や講談が生まれたという。また、水戸黄門も元は講談「水戸黄門漫遊記」として広められたフィクションが時代とともに形を変えていったものである。

そう考えると、やはり「水戸黄門」と「大岡越前」はのちにPHP研究所を設立する松下幸之助らしい倫理観と情緒に溢れた作品(かげろうお銀だけは例外だが)で、「暴れん坊将軍」はむしろよりエンターテインメント性に強く舵を切った感がある。特に色使いも音楽も派手だ。

僕は水戸黄門よりも暴れん坊将軍の方が好きで、再放送をよく見ていたのだが、それでも第一話には衝撃を受けた。

第一話の黒幕は、なんと南町奉行。南町奉行の働いた悪行を、将軍となったばかりの徳川吉宗が、ひそかに市井に降りて行って成敗するのである。

鳶の辰五郎と吉宗は酒によって喧嘩をした仲であり、将軍の籠に直訴にやってきた町娘を切り捨てようとする侍の前に辰五郎がさっそうと立ちはだかる。

そしてラストで南町奉行を成敗したあとは、その後任として、昔馴染みの大岡越前守忠相を南町奉行に任命する。俗に言う、名捌きの「大岡越前」の誕生である。

これは、当時のTBSの大ヒット時代劇、「大岡越前」に対する挑戦状とも言える。

というのも、テレ朝の「暴れん坊将軍」第一話は1978年1月7日放映であり、TBSの「大岡越前」第五部の第一話が2月6日とちょうど約1ヶ月遅れでスタートしているのだ。

ただでさえ同じ時代劇ということでライバルであるにも関わらず、同じ登場人物が登場する番組が、同時期にダダかぶりで放映されるというのがまず異常。

そして、1970年にスタートしたTBS「大岡越前」も8年経ってだいぶマンネリ化していた状況で、新人、松平健の若々しさ、北島三郎の圧倒的な存在感、なにより現役の将軍がお忍びで市政に繰り出すというワクワクするような設定。

そういうわけで、結局のところ、放映回数という意味ではシリーズ第1作の「吉宗評判記 暴れん坊将軍」がいきなり207話と、大岡越前第五部の前26話に対して圧勝し、予定外の人気に、「暴れん坊将軍」自身もシリーズ化が決定された。総放映回数は大岡越前の二倍近い。

「暴れん坊将軍」を見てわかるのは、要は報告書だけを読んだり聞いたりしていても、なにもわからないし、なにも解決できないということである。

単に娯楽としてだけでなく、「トップは常に現場を見るべし」というメッセージを暗示している。

これは実はTBSの水戸黄門と通底するテーマにも思えるが、水戸黄門の場合、世直しを目的として諸國漫遊しているわけではなく、あくまでも引退して諸國漫遊している際にたまたま出くわした子悪人を対処療法的(場当たり的)に懲らしめているだけであり、吉宗は市井に出ることで現実の社会問題を知り、トップダウンの命令を下し、必要に応じては当時の法では捌けない悪党を自ら成敗するという方法で世の中全体を正していくというダイナミズムの違いがある。

別の見方をすれば、水戸黄門も大岡越前も、ともに為政者のトップダウン的な視点で描かれている。それはどうしても、制作総指揮が松下幸之助という圧倒的な存在で、ある意味で彼の目から見たありうべき社会の姿、求められる部下と庶民の姿、といったものにならざるを得なかったのではないだろうか。

それに比べると、暴れん坊将軍は、むしろ民からお上を見上げるボトムアップの視点が重視され、吉宗が将軍らしく何か法律を決めたりするシーンはごくわずかだ。

吉宗が市井を訪れるのは彼が将軍として正しく振る舞うためにむしろ必要であることが第一話を通して痛いほど伝わってくる。民の声なき声に耳を傾けるというのは恐ろしく重要なことなのだ。その声なき声を聞くために、将軍である吉宗は、大変なリスクを犯して城内から抜け出す。敵と斬り結べば、死ぬかもしれないのだ。それでも敢えて吉宗は危険を犯す。

この物語はもちろんフィクションだ。
だが吉宗が「暴れん坊将軍」に選ばれたのは、必然的なものである。
吉宗が庶民の声を大事にしたことは、彼が目安箱を設置したことでも知られる。また、町火消しの創設、小石川養生所を作った医療改革、洋書輸入の解禁、大奥の減員(4000人を1300人へ)、新田開発などを行った。そうした改革の財源は増税(五公五民)に頼ったため、一揆が頻発したが、結果的に吉宗の享保の改革によって幕府の財政は安定し、財政が安定することによって組織が安定した。また、吉宗は幕府内で行われていた贈収賄の取り締まりを将軍として初めて行った。

こうした不正や問題点をトップが知るのはそう簡単なことではない。ほとんどの情報はトップのもとに来る前に隠されたり忖度されたりするからだ。従って、本人が江戸の城下に出ていったかどうかはわからないが、吉宗が自ら設置した御庭番(紀州から連れてきた直属の部下たちで主に隠密任務を担当した。世襲制)などを駆使して相当の情報収集に努めていたことは間違いない。もちろん改革を進める上では、時代的には命を狙われることもあっただろう。そのための身辺警護も兼ねた御庭番である。

これをわかりやすくエンターテインメント作品にすると、「暴れん坊将軍」になる、というのはわからないでもない。

フィクションであっても、いやだからこそ、なにかしらの真実がかいま見えるのかもしれない。

センキュー!
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ハッカー / サークル「shi3zのメディアラボ」→ https://note.com/sh3syuran/circle

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