YMOとニコ動SSW
対称的なリメイク
去年から今年にかけてのことですが、高橋幸宏さんがファーストアルバム『Saravah!』(1978)のバックトラックをそのままに、新たにヴォーカルを録り直した『Saravah Saravah!』をリリースしました。
マルチトラックからの再ミックスにより、盟友・坂本龍一さんの見事なアレンジ、1978年時点のミュージシャンたちの名演がクリアに蘇り、さらに『Saravah!』そのものもリマスタリング盤として発売されました。
それから数ヶ月後、細野晴臣さんもファーストアルバム『HOSONO HOUSE』(1973)をセルフカバーした『HOCHONO HOUSE』をリリースしました。
オリジナル盤は当時福生にあった自宅に松任谷正隆さんらのミュージシャンが集まって録音され、のちのキャラメル・ママへと発展することでも知られていますが、リメイク盤では細野さんがほぼ20年ぶりに一人でプログラミング&演奏しています。
ホームレコーディングという共通点はあれど、歌詞の書き直しもあり、新作と言っていい仕上がりになりました。
YMO以降も仕事で組むことの多かった両名が、「ファーストアルバムのリメイク」という共通のお題に対し、まるで逆のアプローチで取り組んだことが興味深いです。
また幸宏さんが本作のリリースに際しておよそ40年ぶりに「高橋ユキヒロ」名義に戻し原点へのこだわりを見せ、一方の細野さんはアルバム名に冠した自身の名字を”HOCHONO”に変えたことも対称的です。
イマドキに倣えばバッキングを再活用し「歌い手」に徹したユキヒロさんと、いったん詞と曲を素に戻してサウンドに向き合い「P」を志向した細野さん、という対比もできます。
駅前のファンと動画視聴者
紅白出場を機に国民の知るところとなった米津玄師さんや、ローティーンを中心に爆発的な人気を得ているまふまふさん。
最近、音楽界では彼らの「ニコ動出身」「ボカロP」という出自が注目のキーワードとなっています。
ふたりに共通しているのは、初音ミクに代表されるボーカロイドでオリジナル曲を何十作も発表し、ミリオンを超える視聴数を叩き出してカリスマPとして認知されたところで自分の書いた曲を「歌ってみた」ところです。
実はこのプロセスが非常に重要だと考えます。
かつてゆずの登場あたりを境に、ストリートミュージシャンがトレンドだった時代があります。
乗降客の多い駅のロータリーでは、プチDJのようなスタイルも含め、今でも自作曲を披露する若い人たちが立ち続けています。「武道館単独ライブ」を目標に立ち止まって聴いてくれる人を増やし、常時100人を超えるファンを集めるミュージシャンもいます。
一方ニコ動は、1動画あたり何百万ビューを稼ぎ出すボカロPや、歌い手の群雄割拠状態にあります。
作り手側からは視聴数により、どんな楽曲が受けるかわかる上、ニコニコ動画の特長でもあるコメントによりどんな展開が人気を得るか、どこが弱いのかまで自己分析し放題。
つまり動画を公開すれば、即座にマーケティングができる環境にあるわけです。
特にボカロ曲の場合、「シンガーがボーカロイド」という共通項の中で、楽曲やアレンジの良し悪しが比較されやすく、ソングライティングの巧拙が露骨になる特徴があります。
ただこの数年、ボカロPの中で明らかなカリスマ化が見られ、新参者が簡単にビューア数を稼げない副作用も発生しています。とにかくめげず諦めず、量産してマーケティングし続けるしかないのです。
「どうせ血の通わないボカロだろ」と吐き捨てるにはあまりにも酷な、血で血を洗う虎の穴がそこにはあるのです。
再生数をモチベーションに、日夜新曲作りに取り組むボカロPの切磋琢磨は、かつてオリコンチャートを睨みながら「商品」としての楽曲を量産していた、職業作曲家のそれに酷似していると感じます。
東京ドームのライブが決定したまふまふさんの場合、持って生まれた声質に加え、中性的なルックスと常時マスク(ごくたまにご開帳)のプレミアム感が、腐女子界隈から突出した人気を獲得しています。
彼もまた視聴者からのフィードバックを受けて楽曲の完成度を鍛え上げており、ボカロP時代からのストロングな男性ファンが多いことも特筆すべき点でしょう。
武道館ライブを目標に日夜立ち続けるアーティストと、DTMを駆使してわずか数年で東京ドームでワンマンを行えるP。
どちらがいいかは好みの問題ですが、前者は直接会って聴かせるという意味で演歌発祥・AKBに繋がる音楽業界の王道であり、ニコ動出身者の活躍はYMOの登場並みに邪道かつ、後世に影響をもたらすエポックメーキングな異変と見て間違いないでしょう。
ポップスへの相対する回答
その異変の張本人であらせられる御大2人の新作に話を戻します。
細野晴臣の『HOCHONO HOUSE』は、最新の機材やソフトウェアを自宅に入れ、生楽器も含めひとりで作り上げた究極のDTMと言ってもいいでしょう。ホームレコーディングの元祖とも言えるオリジナル盤の精神を、21世紀のシステムで再構築した意欲作です。
対する高橋ユキヒロさんの『Saravah Saravah!』の特徴は、現在では再現不可能な豪華プレイヤーやストリングスを従えての、70年代を象徴するスタジオレコーディングです。
YMO以降打ち込みへと傾倒していった”幸宏”さんが、DTM隆盛の世にこの音源へ目を付けたことはとても興味深いです。
さらに言えば、オリジナル盤は半数以上の5曲がカバー、もしくは提供曲で、”ユキヒロ”さんのソングライターぶりがやや控え目なのも、「歌い手」としてのリメイクを語る上で重要だと思われます。
ボカロPや歌い手を生んだ背景がYMOをきっかけとしたシンセサイザーブームと、DTMソフトの進化、そして大容量のトラフィックを実現した通信網の拡張、これらの技術革新、もっと言えば音楽業界の変容にあることを、改めて感じた御大両名の新作でした。