1984

作家の村上春樹さんがこれをもじった「1Q84」という長編小説を出しているので、もともと有名であるがそれきっかけで名前を知ったかたもたくさんいるかも。著者はイギリスの作家ジョージ・オーウェル。出版は1949年で翌年なくなっているのでほんとに最晩年の作品。

あらすじはウィキペディアとかにあるとおりで全体主義的な近未来SF小説。独裁国家の一役人が党に反逆しそして屈服するまでのお話。結構後味の悪いバットエンドストーリーが舞台のディストピア的な雰囲気と非常にマッチしている。

全体主義的な独裁国家ということでモデルは当時のソ連やナチスドイツだが登場する独裁者「ビック・ブラザー」がスターリンに似ていたり、反逆者がトロツキーに似ていたり、五か年計画という言葉が出てきたりしているので基本はソ連のイメージ。

党はテレスクリーンという装置を党員の自宅に設置して監視したり、情報操作をする組織や秘密警察、拷問、密告制度があったしたり、よく目にするような道具などが出てくる。その中でなかなかおめにかかれないのが二重思考という道具である。物語の最もキーとなるものである。二重思考とは2つの相反する信念を心に抱き、その両方を受け入れる能力とされ、たとえば自分が現実誤魔化していると認識しながら、現実はごまかされていないと自分を納得させることであるというものである。この小説の舞台設定のせいで全体主義的な党や国家においてありうるもののように思えるが、実際はそうではないだろう。およそ企業のような営利組織であれ、宗教団体のような非営利組織であれ、上意下達な官僚制的な組織においては、常に上がどう思うかが判断基準である一方、正確な情報は下が持っているという状況が発生するので、そのような組織で上の権力が一定程度大きくなれば上の思いに沿って事実を捻じ曲げるということがおこるものである。政党はそのような官僚的組織の一例にすぎない。著者も当然そう思って書いているが物語の雰囲気がよすぎてあたかも全体主義国家において特殊にそういったものが発生するかのようにとらえてしまいそうになる。巻末に解説者がイギリス労働党やイラク戦争の例を挙げてくれるので読者は気づくが、そのへん著者の思いはちょっとうまく伝わっていないように思う。

また個人的には「忖度」って二重思考に近いなと思った。相手がいってほしいことを先回りして自分が本当にそう思っているように発言するのであるからむしろ二重思考のような事実を捻じ曲げるよりもより巧妙な欺瞞なのかもしれない。

小説のラストは主人公の屈服で終わるのだがその後に「ニュースピースの諸原理」という謎の論文がついている。解説だとさらに未来に党が開発した「ニュースピーク」はどういうものだったのか書いているもので、これが存在するということは、この全体主義体制がその将来において崩壊していることを暗示している、とのことである。ニュースピークも非常にユニークな発想で、要は人民が党に対して批判的な考えをそもそもできなくするために自由とか平等とかいう単語を抹殺して、党が新しい言語を作ろうとするもの。言葉の単純化がイコール思考の単純化へ結びついていくという発想は、今英語を外国人と最低限の意思疎通をするために学ばなければならない、したがってその文国語の優先度が下がりつつある現代に生きている自分からしたら、二重思考よりもぎょっとさせられる指摘である。どうしても外国語は母国語よりも単語数が増やせない。より高度な思考を行おうと思えば母国語の習熟が、そして古語や漢文の教養が不可欠であるが、その分がグロービッシュのような簡単な表現のビジネス英語に置き換わりつつある、別に全体主義国家に住んでいるわけでも何でもないのに知っている単語数は減っていく。そして限られた単語数でよりわかりやすい表現、簡単な表現へと進んでいる。当時のイギリスもなにかしらの理由で言葉が単純化したのかもしれない。例えば古典教育の廃止や教育の大衆化に伴う難しい表現は廃止など。そのような現状を踏まえると、ニュースピークを最後に持ってきた著者の意図にぞっとさせられる。自分たちの未来は小説とは違い、ニュースピークのようになりながらも、ニュースピークを元の英語で書くような未来は来ず、ニュースピークのままということになる。著者が希望があるように最後にこの論文を載せながらも、真意として言葉の単純化を最も恐れていて読者へ警告しているのかもしれないと思うと、その警告は全然届いてないのである。

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