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12月のShhh - 可能性のあるところ

映画『エルミタージュ幻想』や『太陽』で知られるロシアの映画監督アレクサンドル・ソクーロフと、フランス文学者・映画評論家の前田英樹氏との対話を記した書籍『ソクーロフとの対話 ― 魂の声、物質の夢』の中でソクーロフ監督が面白いことを言っている。正確な引用ではないが「石と水、どちらが永遠の象徴だと思うかと日本人に聞くと、ほとんどの人が水と答える。なぜでしょう不思議です。水は常に新しいものの象徴であって、永遠とは反対の観念のように思えるのですが」と。

十数年前に読んだ本だけど、ソクーロフ監督の提示した疑問はどこか心に残っていた。そして僕もまた、石と水なら水のほうが永遠の象徴のように感じる。常に新しく生まれ変わる無常のなかに、清らかな可能性と呼べるようななにかがあるように思う。

そう。可能性。可能性なんだろうなと。この可能性が現れたときの一瞬は実はメビウスの輪のように永遠と表裏一体のものじゃないか。そんなふうに思える刺激的な作品に12月は出会うことができた。Shhhの定例会で共有された「静謐で、美しいもの」を、月ごとに編集・公開する企画「Shhhで話題になった美しいものの数々」。今月もどうぞお楽しみください。

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🎥  映画『ザ・ビートルズ:Get Back』 (監督・製作=ピーター・ジャクソン、2021、アメリカ)

アップル・コアの屋上で行われたという伝説のビートルズのラストライブと、その製作の裏側を映した長編記録映画。アルバム「Get Back」の発売当時に企画され、その後お蔵入りとなっていた記録映像をピーター・ジャクソンが再編集している。

タイトルにもある「Get Back」のリフが生まれる瞬間の鳥肌たるや。どうかな、こうかな、とポールがなんとなくギターを鳴らすなかで、寝転がっていたジョージが「それいい!」とアイデアがうまれる瞬間を見逃さず盛り上げていくところは必見。

また、なんといってもポールのリーダーシップが圧巻。当時まだ20代のポールが、バラバラなチームをまとめて率いていく人間力にただただ尊敬。

そしてバンド全体でのブラッシュアップのエネルギーの凄み。作中で何度も聴かされる「Get Back」は、もっと良くなる、もっと良くなると諦めない姿勢から生まれている。ひとつの作品を作り上げるというクリエイティブプロセスを学ぶ教科書の最高峰だろう。

📕書籍『働くことの人類学【活字版】 仕事と自由をめぐる8つの対話』(松村 圭一郎+コクヨ野外学習センター=編、2021、黒鳥社)

コクヨ ワークスタイル研究所と黒鳥社のコラボリサーチユニットが、「仕事」と「生きること」をめぐる常識を軽やかに揺さぶり話題となったPodcast「働くことの人類学」の活字版。

7人の文化人類学者が、狩猟採集民、牧畜民、貝の貨幣を使う人びと、アフリカの貿易商、世界を流浪する民族、そしてロボットといった、知られざる場所・人びとの「働き方」を、それぞれのフィールドでのエピソードを交えて対話する。

文化人類学に触れる醍醐味は、知らなかった世界を知ることで、視点が切り替わり、慣れ親しんだ日常や常識といった世界があっという間に非日常・非常識へと転換する揺らぎにあると思う。この本では「働くこと」というフィルターを通すことで、「こうであったかもしれない毎日」の可能性が具体的なリアリティをもって迫ってくる。

どのエピソードも面白く読み応えがあるけれど、特に気になったのはアフリカ・カラハリ砂漠でフィールドワークを行ってきた丸山淳子さんがゲストの第2話「ひとつのことをするやつら」。たとえば現地のブッシュマン達にとっては「ひとつの道を極める」という考え方は、謎であり「まだそれやってんの?」という感覚だという。日本には茶道や華道や剣道といった「道」という価値観があるので、ブッシュマンの価値観とは相容れない部分が多くあると思うけど、そうした違いを軽妙なユーモアで笑いとともに紹介してくれるのが気持ち良い。

文化人類学の視点から紐解くことで「働き方改革」や「ワークスタイル」といったお題目を飛び越えた、ふくよかな面白みがある一冊だった。

🏛 展示「ロニ・ホーン:水の中にあなたを見るとき、あなたの中に水を感じる?」(2021年9月18日~2022年3月30日、ポーラ美術館)

写真、彫刻、ドローイング、本など、作品の形式が多岐にわたるロニ・ホーンの「水」をメタファーに制作された作品の展示。テムズ河の水面、アイスランドの温泉、水鏡(を思わせるガラス)の彫刻など、自然を感じさせる作品が、自然に包まれたポーラ美術館のなかに佇んでいる。

作品形式は一見多岐に渡れど、一貫して感じられるのは「水」の哲学者、もっと言うと「流れるものや移ろうもの」その中に何を感じ何を見るか、を問い続ける求道者といった印象を受けた。

アーティストとしてかくあるべき、な筋の通った誠実さ。あえてここでは「格」という言葉を使い、アーティストとしての「格」や「矜持」を作品を通じ垣間見させてもらった、と言い切ってしまいたい。

それがどのようなものであれ「作品」とは筋の通った意思が見えるものでありたい。自分たちにおいても。

🎥映画『偶然と想像』(監督・脚本=濱口竜介、2021、日本)

親友同士の他愛のない恋バナ、大学教授に教えを乞う学生、20年ぶりに再会した女友達……軽快に始まる一見現実的な物語からは予想もつかない、偶然と想像に満ちた展開が楽しめる珠玉の会話劇。

詰めに詰められた精緻な戯曲のような、そしてグルーヴ感ある脚本がまず見事。そこにエリック・ロメールのような軽快さと、ホン・サンス的なカメラ使いと反復構造、そして小津安二郎のパロディとすら思えるユーモアとテンポある会話が加わり、その豊かな映画的背景と共に、こんな素晴らしい恋愛会話劇が、今、日本で存在しうるのだ、という嬉しさを噛み締めながら楽しんだ。

フィクションが想像世界にとどまらず、現実を食い破り、新たな、これまで見たことのなかった現実の顔としてあらわになる瞬間。濱口監督の作品には、必ずその瞬間の驚きが記録されている。その瞬間を記録するための装置が映画ではないか?とすら思えてきてしまう。

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以上、12月にShhhで話題になった「静謐で、美しいもの」でした。

編集 = 原口さとみ

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