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おじいちゃん


初めまして、しげはると申します。

初めての投稿ですが、どうしても今の気持ちを言葉で残したくて、このnoteに書いていきたいと思いました。





私のおじいちゃん、90歳。

3日前に天国へと旅立ちました。






おじいちゃんにとって、私は初孫でした。

父曰く、よく散歩に連れて行ってくれて、近所にある鳩小屋、金魚を見たり、駄菓子屋でうまい棒を買ってくれたそうです。

記憶はほぼないですが、おじいちゃんが小さな私を抱っこしていたり、遊んでくれたりしている写真がたくさんあります。とても可愛がってくれました。




おじいちゃんは、将棋が大好きでした。将棋の段も持っていて、賞状をもらったこともあります。もちろん、私もおじいちゃんから将棋を教わりました。挟み将棋は今でも得意です。

おじいちゃんは、おばあちゃんが大好きでした。おばあちゃんは認知症になり、施設に入所しています。おじいちゃんにとって生涯共にしてきた最愛の人で、歩く時は必ず手を繋いで歩いていました。私の憧れのカップル。

おじいちゃんは、ダジャレも好きでした。よくダジャレを言って、よく家族を笑わせてくれました。自分で言って、自分でも笑っていた。私は、おじいちゃんの豪快な笑い方が大好きでした。



私は、社会人になりました。仕事が忙しく、ゆっくりお話をする時間はなくなってしまいましたが、朝、「いってらっしゃい」と送り出してくれたり、帰りは「おかえりなさい」と笑顔で迎えてくれるおじいちゃんにとても安心していました。



そんなおじいちゃんは、病気を繰り返して、段々と寝たきりになったり、食べられなくなったり、自分ではできないことが増えていきました。


そして、医者から末期の老衰と告げられました。


おじいちゃんは、ちょうど1ヶ月前に施設に入所しました。その施設にはおばあちゃんもいます。最期は、最愛の人であるおばあちゃんと一緒に過ごせたらという父の意向です。施設では、将棋のテレビを観たり、おばあちゃんとお話をしたり、穏やかに過ごしていたそうです。


それから、1ヶ月。父は週に1回程、施設に行っていて、おじいちゃんの状況が分かっていました。

「もう、1週間持たないかもしれない。明日、家族で会いにいこう」と覚悟を決めたように言いました。

私も明日で最後になるのかと今まで経験したことのない恐怖と不安に襲われました。







しかし、明日は来なかった。おじいちゃんは待っててくれなかった。



そこからの3日間は、初めてのことばかりであっという間で。でも、まだ現実を受け止められずに、心にプスッと穴が開いたまま。



帰り道、私は車の中で小さくなったおじいちゃんを抱っこしていました。その時、父が親戚の叔母さん(おじいちゃんの妹さん)から聞いた話を話してくれました。

あまり電話をする方ではなかったおじいちゃんから久しぶりに叔母さんのところに電話があったそうです。その内容は、今までで一番嬉しそうな声で



「俺、おじいちゃんになったよ」

と話したそうです。






おじいちゃんは、たくさんのことを教えてくれました。散歩の楽しさ、温かい大きな手、将棋、ダジャレ、おばあちゃんとの話、戦争の話、生きること、死ぬこと…


それと、もっと周りの人を大切にしていきたいと思わせてくれました。家族、恋人、友達、仕事関係の人、好きなアーティストさん…

自分のことを支えてくれる大切な人たちに感謝をして、気持ちをすぐに伝えていこうと思いました。

幸せな人生だったと思えるように、後悔しないように生きていこうと思いました。







最後におじいちゃん、ありがとう。


天国で大好きな帆立の煮物とちくわぶを食べて、将棋を思う存分楽しんでくださいね。

ずっと大好きだよ。


初孫より。
























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