人類は水・エネルギー不足から自由になれるのか?核融合と水循環システムが見据える未来社会と現在地
早稲田大学ビジネススクールの教授で、Sci-Fi Prototyping Design(以下sfp)の発起人でもある入山章栄氏がパーソナリティを務める、浜松町Innovation Culture Cafeで、Sci-Fi Prototypingをテーマにした番組が2週にわたり放送されました。
1週目はマスター役の入山氏とアシスタントの田ケ原 恵美氏、ゲストとしてITER首席戦略官を務める大前 敬祥氏と、WOTA株式会社で代表取締役兼CEOを務める前田 瑶介氏の4名、
2週目にはトラストバンクの宮内 俊樹氏も加わり、5人で「未来社会をデザインするには」をテーマに議論しました。
パーソナリティの入山氏に加えて、大前氏と宮内氏もsfpのメンバーとして活動しており、本記事はそのダイジェスト版としてお届けします。
テクノロジーの進歩が可能にする未来社会を妄想し、実装に向けた道筋を一緒に紐解いてみましょう。
ラジオ本編はこちら
エネルギー・水問題の解決に向けた取り組み
入山:改めて大前さんが主席戦略官を担われているITERというのは何で、そこでの役割について教えていただけますか。
大前:はい。ITER計画と呼ばれる一つのプロジェクトがあり、世界7局35カ国で共同で進行しています。地上に太陽を作るというのが非常にわかりやすいコンセプトで、つまり太陽で起きている核融合反応を、人類が将来のエネルギー源として利用できるのかを確認するため、みんなでお金と人と知恵を出し合ってやろうと始まった計画のことをITER計画と言います。
その運営機関である、ITER機構という国際組織の主席戦略官として、ITER計画における全体戦略の立案策定及び実行支援、組織再編、コロナ対策本部、チェンジマネジメント等を指揮しています。つまり、人類共通の夢に向かってITERの建設をどう進められるかを、戦略の観点から推進する役割を担っています。
入山:核融合はまだそれほど広く浸透している概念ではないと思うので、そもそもどういうもので、それができると人類にどういうことが起きるのかについても簡単に教えていただけますか。
大前:はい。核融合を一言で言うならば、太陽で実際に起きている反応のことなんですね。ある特定の極めて限られた条件ーー例えば高温であったり高圧であるわけなんですがーーこの特定の限られた条件下で、異なる原子核が融合して別の原子核になることを核融合反応と呼びます。その時に膨大なエネルギーが生まれるので、これを人類の活動に利用しようという発想です。
この核融合反応をもし、人類がテクノロジーを使いコントロール下のもと生み出すことができれば、エネルギー問題が根本的に変わるわけなんです。現在のエネルギーは石炭や石油等の有限資源に依存していますよね。そしてこれまでの紛争や戦争は、エネルギーを原因とするものが多かったわけです。
100〜200年先になるかもしれませんが、もしも、あり余るエネルギー源を手に入れることに成功し、エネルギー問題が解消され、資源を巡る争いがなくなったとしたら…
そんな可能性を秘めた技術なのかなと思っています。
入山:なるほど、これまで人類は少ないエネルギーを巡って争ってきたけど、核融合技術が確立されるとエネルギー問題が解消されると。そのぐらい強烈な可能性を秘めたものということですね。ありがとうございます。
では続いて、前田さんのWOTAでの取り組みについて教えていただけますか。
前田:はい。WOTAは水問題の構造的解決のために存在する会社で、一言で言うとパイプライン(上下水道)に依存しない水インフラを作ろうとしています。現状の水インフラでは、(井戸水等を除き)上下水道管が無いと生活用水は使えないですが、排水を水源として繰り返し使える仕組みがあれば配管を張り巡らせて遠くまで水を送る必要もなくなりますし、そもそも水不足という概念がなくなります。
我々は排水を水源として繰り返し使うことを可能にする、いわば「小さな水リサイクルシステム」を開発しています。これを「小規模分散型水循環システム」と呼んでおり、例えば人口減少局面を迎えている日本において、 パイプラインの維持・管理が難しい地域が今後増えることが想定されますが、このシステムを導入すれば、必要な人に・必要な分だけ水を届けることが可能となり、アフリカのマサイ族の村でも安定して水を使えるようになると考えています。つまり、従来の水インフラとは異なる「分散型」の水インフラを、水再生というアプローチで作り上げることに取り組んでいる会社です。
入山:年明けに発生した能登半島地震でWOTAは大活躍されたわけですが、例えばあれはどういうことをやられたんですか。
前田:能登半島の地震では、約1万5000人が長期断水被害に遭われました。そこで各避難所に我々のプロダクトを配備し、シャワー入浴や手洗い支援を行いました。シャワーとして利用いただいた水循環型シャワー「WOTA BOX」・水循環型の手洗い機「WOSH」は、排水を欠かさず回収し、排水の約98%以上を再生・循環利用できるので、シャワーを例にすると100Lで通常2人しか浴びられないところを、同量の水で100人浴びることが可能になります。
入山:今までは上下水道があって、上水で水を引いて生活用水として利用し、排水を下水で流して水道処理場まで送るという水のネットワークを構築してきたわけですが、上下水道を敷設しなくても水利用から処理までを閉じたシステムの中で完結できるということですよね。
前田:おっしゃる通りです。実は、水処理は化学的なプロセスや生物学的なプロセスを含むので、人が張り付いて管理することが多いのです。従来の水処理は個別最適を行う「建設業」的なアプローチでしたが、これを汎用的な「製造業」的なアプローチにより「誰でも管理できる状態」にできないか、と考えました。そのために必要な技術が「水処理の自動化」です。
私たちは、センサー等により自動で水処理を管理する仕組みとして「水処理自律制御技術」を独自開発しました。この技術により、「小規模分散型水循環システム」は水利用から処理までの一連の流れをシステム上で完結できるのです。水処理データはすべてのプロダクトで収集可能となっており、それらのデータから水処理を繰り返し改善し、量産化を行っていけば、我々のシステム導入コストを逓減させていくことが可能となり、低コストでかつ断水等も起きないソリューションとして優位性を確立できると考えています。
ランニングコストとしては、膜や薬品等の消耗品が主にございますが、これらも量産に伴いコストダウンできると考えています。自動化比率を上げていけば、保守にかかる人件費も下がり、物流コストも生産拠点を分散化すれば十分に下げることができます。
これらは今まで日本の製造業がたどってきた最適化のプロセスであり、その観点から水インフラを考えると、まず水道システムをアーキテクチャに置き換えて、その中でさらに改善を重ねていくことが必要です。そのために必要なのは、センサーや自動化技術になります。
未来社会における分散型/循環型社会の可能性
お二人の取り組みがよくわかりました、ありがとうございます。
さて、浜松町Innovation Culture Cafeの話ですので、ここからは「未来社会をデザインするには」というテーマでお話をしていきます。
まずお伺いしたいのですが、お二人の視点で10年先、あるいは50年先ぐらいのスコープで考えた時に、インフラやエネルギー、水問題はどのようになっていると思いますか?
大前:まず先ほどの前田さんのお話と絡めてお伝えすると、自動化するには必ずその動力源が必要じゃないですか。自動科学が進み人件費がかからなくなったとしても、自動化するための電力は変わらず必要になる。IoTをはじめとするセンシング社会がより高度化されていくと、消費電力の総量はグローバルで増えていきますよね。
その観点から50年後を考えた時に、電力の重要性はいま以上になっていると思うんですね。前田さんが取り組んでいるような、人間の生存のために必要な水問題や食料を一次課題とすると、私自身は0次課題を扱ってると思っています。つまり先ほどの前田さんの話で、自動化を進めたいのに電力コストが高いから普及しない、なんてことになったら悲しいじゃないですか。だから来るべき時に、核融合技術がエネルギー問題の解決に貢献できていたら嬉しいですよね。
前田:今のお話は全体に効いてくる観点だと思っています。
我々も、いまは電気を使うことによる諸コストを前提制約条件としていますが、その制約が外れるとまた別のアプローチも可能になるかもしれないと思っています。
また、私が核融合について根本的に素晴らしいと思っているのは、色々な地域でエネルギーを受給できるという点です。国や地域など関係なく、従来の社会システムよりもなるべく小さい単位で、基本的な資源が循環して誰かに依存しなくていい状態を構築できたら平和実現にも貢献できるかもしれません。
大前:私は宇宙開発にワクワクするのですが、一方で早く核融合を実現せんといかんなって思うんですね。それは、地球上の資源を消費しながら宇宙に向かっているからで、宇宙開発が進んで本格的に人類が宇宙時代を迎えたときには、やはり地球の資源に依存しない状態にしたいんですね。
例えば水道管を地球から月には持っていけないので、月の中で完結する水循環システムが必要になりますよね。今いろんな国でエネルギー自給率が話題になりますけど、人類が月でエネルギーや水を自律的に扱えるようになる可能性があるなと気づきを得ました。もちろん最初に送り込まなきゃいけないものもありますが。
入山:前田さんは何十年か先の未来を想像するときにどういう世界をイメージされてますか?
前田:基本的な資源循環がより小さくなっていると考えています。これまで環境インフラと言われる領域で使われてきた技術体系は、化学や生物学的なアプローチが支配的で、先ほどの水処理自動化の観点で申し上げたように、人が張り付いている必要があります。
ただ、IoTをはじめとする技術が進歩して自動化が進むと、より消費地に近いところで資源の再資源化ができるようになります。さらにそのコストが改善されていくと、結果として人間の生活に伴う資源循環がコンパクトになり輸送コストも下がっていく。つまり、人がたくさんいる都市部のインフラコストと、ポツンとある一軒家に住むコストがあまり変わらなくなっていくと考えています。
地球と人間の関係で見ると、人間が地球から摂取して使った資源を再資源化し、人間がそれらを再利用するのか、あるいは地球に返すプロセスがコンパクトな輪になっていくということだと思っています。
入山:なるほど。人類のインフラの仕組みは基本的に巨大であるからこそ、我々は都市に住む方が高効率なわけですよね。しかし、エネルギーや水が小さな単位で循環するようになると、それが変わってくるというわけですね。そうやって地球と人の間を、資源が極めて小さいチェーンで循環できるようになっていくと、人はいろいろな場所に住みやすくなると。
資源循環がもたらす地方の多様性を活かした持続可能な社会
大前:私は都市って必ずしもいい面ばかりだと思っていないんですね。海外に住んでいるがゆえに日本のことが大好きで、豊かな食文化や文化的多様性が恋しくなるんですよ。でも仮に日本が大都市の集合体だったら、同じだけ魅力のある国かというと、きっとそうではなくなってしまう。いろんな地方の良さがあって、都市自体も地方に生かされているのに、人やインフラは都市部に集まる構造があると思うんです。
でも、これまで議論してきた分散型モデルを実装できれば、どこにいてもインフラコストを安く抑えることができます。過疎化が進んだからといって都市に移住する必要もなくなるので、結果として各地域の持つ素晴らしい文化的多様性を維持することができるわけですよね。この文化的多様性というのは一度失ったら取り戻せないから、私は全てが都市化に向かうのを是とする議論に対して一石を投じるようなテクノロジーを、もっと早い段階で活用したいと思っています。
前田:そうですね。私もマサイ族の村に行った時に、この土地に普通の都市機能、上下水道や道路ができて都市化が進んだら台無しになってしまい、その土地らしさが失われてしまうと感じました。
インフラというのは、人類と、地球や自然とのインターフェースだと思っていて、そのインターフェースが多様性を内在できるものになっていくと、さまざまな文明や文化を保全しつつ、発展や豊かさも描いていけるのかなと考えています。そのインターフェースのあり方次第で、世界中の多様な地域が画一化されていくのか、そうではなく多様性や豊かさを残していけるのかが決まってしまう分岐になると思っています。
田ケ原:お二人の取り組みが実装された未来では、都市のようなマスではなくそれぞれの地域特有のニーズも出てくると思うんですね。そういった地域ごとのニーズに対しては、どういう取り組みができそうでしょうか?
前田:「場所の自己実現」というような概念について考えていて、それは日本語では風土、フランス語でいうとテロワール、あるいはMilieuと呼ばれる概念です。そういったものにインフラ側から寄り添っていくことが重要であると考えています。
経済性というのは本来は手段であり、文化や暮らし、人々がどう生きるかといったことが本来の目的であると思っていますが、基本的な生活コストが高いと、それを低くすることが目的になってしまいます。ですが標準化されたコストで、どの場所にいてもインフラなどにアクセスできるとなると、各地のテロワールや文化・風土を最大限に生かした暮らしができるようになると思うので、地域ごとの特性を最大化できるのではないかと考えています。
入山:WOTAが目指すような分散型社会を実装していき、基本的な生活コストを下げることができれば、テロワールという概念に内包されるような、各地域における土壌や気候、水、歴史的な魅力がさらに花開く世界観が実現されるということですよね。
大前:あえて青っぽい言い方をすると、エネルギーは好きなだけ使える方がいいと思ってるんですね。もちろん前提として、それを使うことで何かネガティブな影響、例えば温暖化ガスが大量に排出されるとか、取り合いになるといった制約が全部外れるなら、大量のエネルギーを消費しても問題なくなりますよね。
それができるポテンシャルを持っている核融合技術を、今の世代が前に進めるというのは意義のあることだと信じています。これは駅伝みたいなもので、絶対に自分はアンカーじゃないんです。だから区間賞をとるために走っていると思っています。
2週目に続く
執筆:國井 仁