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【ショートストーリー】21 タクシーと海

中学2年生の夏。僕は沖縄へ行った。

一人の大学生と旅先で知り合いになり、オリオンビールみたいな泡のでるジュースを片手に、青い空と青い海を眺めた。

米軍の基地が広がっている景色、反戦の詩が大きな意味をもつには僕は幼すぎた。

同じ中学生が立派な平和宣言を語っていた気がする。でも、平和や正義は僕にとっては戦隊もののように勧善懲悪な世の中の薄っぺらい真理だった。

人は平和ボケだと言うかもしれない。

大人や先生はもっと真剣に考えなさいと促すかもしれない。

その日、僕は海を見たかった。
ホテルからタクシーをひろって「海までお願いします」と言った。大学生は、買い物に出掛けたから僕は一人だった。

那覇市から西に進めば海は近くだ。

僕は中年の男性ドライバーに道を委ね、ぼーと窓の外を見た。フェニックスのようないかにも南国風な植物達が奥から手前に流れる。

一向に海には着かなかった。
首里城の案内板が見えた時に、僕はなんとなく察した。

40分後、タクシーは対岸の海に着いた。
東に進んだのだ。

予定の5倍の金を払う時、僕は手が震えた。
中年の男性ドライバーは、悪びれる様子もなく。釣り銭を返した。

僕は黙って睨んだ。

タクシーが去ったあと、目の前には海があった。
海は僕を慰めるように優しい波音をたて、光を受けて輝いた。光が屈折して幾重にも光の層ができ、透明度の高い海の底に反射しているようだった。

悔しいほど美しい。

僕は世の中は残酷だと知っていた。
そして、世の中は美しいものがあると知っていた。

帰りは四時間半歩いた。

なーに、いい思い出だ。

おしまい

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