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(ネタバレあり)映画「ハッピー・オールド・イヤー」感想。モノを捨てるということ、誠実に人と向き合うということ

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第15回大阪アジアン映画祭グランプリ作品。
映画祭期間中はあいにく見に行けず、今回の公開を心待ちにしていました。

わたしが見に行ったシネ・リーブル梅田は1月7日(金)までの上映です。

🎬公式サイト→http://www.zaziefilms.com/happyoldyear/

(今日に限ってWi-Fiの調子が悪くて、他の人の感想を見ずに一気に書き上げたので解釈違いがあるかもしれません……。)
以下本文です↓

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2019年の暮れが迫るタイのとある街。
主人公の女性ジーン(30歳)は数年前に滞在したスウェーデンでミニマリズムの思想に出会う。すっかり感化されて帰国したジーンは、出奔した父親が残した楽器修理店兼自宅を北欧風にリフォームしようと決意する。友人のピンクや兄の協力のもと、一世一代の断捨離に臨むジーンだが、思い出の品が多すぎて処分は一向に進まない。やっとの思いで業者に引き渡したかと思えば、未練を捨てきれず後から走って取り戻す始末。

ゴミ袋の中身を通して人の気持ちに触れたジーンは、借りっぱなしだったモノを元の持ち主に返そうと決める。そこには元彼の私物も含まれていたが、なんとか直接渡すことができて一安心。しかし、彼女が善行を積めば積むほど「断捨離のステップ」からは少しずつ離れていく……。

主人公のジーンは決して悪い人ではないのだが、言うなれば「人に流されて周りを振り回してしまう女性」である。その振る舞いには枚挙に暇がないが、例えば、母親がリフォームに反対しているのに既成事実化して仕事の採用面接に受かろうとする(新しい仕事は業者が出入りできる自宅オフィスが必要なのだ。)

それでも「母親を説得してみせます」という気概が見えればまだいいのだが、ジーンは採用担当の念押しに愛想笑いをするのみで「(リフォームするって言っちゃったけど)まぁなんとかなるだろう」と考えている。母親は父親のことをずっと待っているのにもかかわらず、だ。このことは終盤で母親に深い傷を残すのだが、ジーンの意思の弱さや衝動性は物語の随所に現れる。先述のとおり色んな人からモノを「借りパク」するし、元彼に会わないと誓ったのに断りきれず会いに行く(元彼にはガールフレンドもいるのに!)。

ジーンはベストセラー「人生がときめく片づけの魔法」の近藤麻理恵氏にも心酔しているが、こんまりメソッドとはまるで対極の人物として描かれる。強引にモノを手放すことで近づいていく理想。けれどジーンは弱いので、捨てられたモノに込められた周りの人たちのときめきや思い入れを直視することができない。

わたしもどちらかというと借りパクされる側の人なので、そういう人たちのパターンはだいたい分かる(いや覚えてないだけでやらかしてるのかもしれない。心当たりあったら連絡ください←ここで言うな)。
長年のモノを返してもらって素直に喜ぶ友人もいるが、中にはジーンの過去の過ち(具体的には語られないし、ジーン自身も覚えていない)を咎めて噛みつく人もいる。そして元彼のエムも、ジーンの神妙な態度を受け入れて何度か会ってくれてはいるが実は最初からジーンを許してはいない。それは、言葉を尽くして謝ることで罪悪感を相手に転嫁するジーンに「無意識の身勝手さ」を見ているからだ。そんな元彼も最後には強い言葉で彼女を見限るのだが、そのことにうろたえたジーンは友人のピンクに「(関係は)円満に終わった」と嘘をつく。ピンクは深く聞かないが、涙をこらえて一点を見つめるジーンを見ればそれが本当のことではないと分かるだろう。

諭されても怒られても、ましてや捨てられる側の立場になっても、どうしようもなく同じことを繰り返すジーン。短気な自分なら絶交しそうなものだが、いつまで経っても成長しない彼女を周りの人たちが許すのはなぜか。それはジーンが単に憎めない存在だからではない。「ジーンと同じように、きっと自分も無意識に人を傷つける存在だ」と自覚しているからではないだろうか。友人のピンクも元彼のガールフレンドも「ジーンの身勝手さは私の中にもある」と悟っている。そんな台詞が、映画のところどころに現れる。「ひとの気持ちは、簡単には仕分けられません。」という本作のキャッチコピーを思い出す。
一方、母親や元彼との禍根を残して逃げるように自宅を離れるジーン。(結局、大事なモノの処分は兄に全て押し付けた。)一時滞在先のホテルのテレビには、年越しを盛大に祝う花火が映る。チェックアウト後の部屋に残されたのはビリビリに破られた思い出の写真。「捨てられたモノ、捨てられた人」の痛みを残したまま、新年が明けていくーーー。

物語はここで終わるが、ジーンのその後は実は冒頭で語られている。
真っ白で何もない部屋。かつてモノで溢れかえっていた彼女の自室は、北欧風の洗練されたオフィスに生まれ変わった。
インタビュアーの質問に微笑みながらミニマリズムの思想を語るジーン。冒頭のシーンなのでうろ覚えだが、紆余曲折を経て断捨離に成功し、理想の生活を手に入れたことが分かる。ブラックホールに例えられた黒いごみ袋は、ジーンの周りの人たちの思いを飲み込んで真っ白な空間を生み出した。良い、悪いではなく、これがジーンの進んだ道。元彼のエムが導いたとおり、彼女は自分のしたいことを貫いたのだ。その白さが、どれだけ不自然だったとしてもーーー。

わたしも出来ることならミニマリストになりたいと思っていて、「到底無理だ」と思いつつ断捨離映画を見る。その中でも本作はちょっと異質で、簡単には整理できない人間の複雑な心を余すところなく描いている。
もちろんフィンランド映画の「365日のシンプルライフ」のように、すっぱりモノを手放して気づく幸せもいい。一方で「ちょっと待って!それ、本当に捨てて大丈夫?」と問いかけてくれる映画に出会えたことも一つの気付きだと思う。前に進むことにとらわれて省みる心を忘れたら、心はどんどん空っぽになってしまう。「人の感情って本当に面倒!」と事あるごとにうそぶくジーンが、そのことに気づく日は来るのだろうか。