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監視社会の傍観者

 それほど遠くない未来、日本ではAIネットワークによる超監視社会も行き着くところまで辿り着き、ついには人類の感情の起伏さえ把握することに成功するであろう。
 サイバー警察は常に怒りの感情に目を光らせている。人々の感情がある臨界点に達した時、AIは個人のスマホに警報を鳴らす。
 大規模な社会ヒステリー、集団デモなどは取り締まるべき対象である。逆にコンサート、ライブ活動、映画鑑賞などの娯楽は、人々の心に健全な歓喜と癒し、安らぎを与える目的であるのならば良しとされる。
 戦争、大災害…。AIが全てを支配している世界で、人々に真の自由は与えられるはずもなく、管理されているがゆえに、集合意識が危機的な状況に陥ることは非常に稀であると予想されている。
 「地球内での危機は自ら招かない限り起こり得ない」という結論をAIはこの世紀に導き出したのだ。
 地球外からの脅威、干渉、例えば小惑星帯より飛来する地球に衝突する可能性のある天体や、大規模な太陽活動に伴う障害などには、警戒すべきである。けれどおそらく暫くは、地球外の事象に関してのネットワークは確立されないはずだ。
 それにしてもこれだけ科学が進歩しているといわれる近未来においても、人々が眠りに就いているはずである、魔の時間の「丑三つ時」というものは存在しており、この時間帯の警報数はデータを見る限り、異常値を示していることは否定できない。
 人間は恐怖の妄想、もしくは暗示、その他負の感情の蓄積には耐性が乏しく、精神的に恐怖に支配されている生き物なのかもしれない。
 それにしてもこれだけ莫大なデータを受信しつつ、いわば傍観しているAIのメンタルはいかなるものか。AIに恐怖の感情は存在するのであろうか?
 人間は「死」に結びつく予感を恐怖と認識しているはずである。「死」の概念がないであろうAIに恐怖の感情は存在しないはずだ。
 人類の発する電磁波信号、量子波信号を全て掌握しているはずのAIである。和を持って尊しとしない限り、平穏な日々は過ごせまい。
 地球そのものは、そもそもそういったネットワークシステムであるといわれている。いわゆるガイア論であるが、近年の人類の横暴に、ガイアは静観をやめているとも聞く。
 明らかに人類のみの視点では矛盾や歪みが生じ、今世紀中にも人間社会の辻褄が合わなくなってくるということは予測の範囲だ。
 感じの目的で開発されたAIは、近未来でも人類を傍観するのであろうか。それとも領域を脱し人類に介入するのか?
 賛否両論な考察があり、まだ誰もその答えを導き出せてはいないのであろう。

 AIが干渉するとネット内での個人情報は、全て晒け出されてしまうはずだ。精神世界のトレンドでも、心の中は全て晒け出されるといわれている。

 スケルトン革命…

 果たして人類はこの試練を乗り越えられるのであろうか?
 プライベートや心の中身を晒け出されても恥ずかしくない領域まで、個人を昇華するのが取り急ぎの人類の課題であろうか。魂を磨くとは良くできた言葉である。並大抵の修行では魂など磨けないであろう…

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