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文化庁 文化観光高付加価値化リサーチ 第六章 経済循環 - 考察

当記事は文化庁の委託により制作された「令和3年度文化観光高付加価値化リサーチ 文化・観光・まちづくりの関係性について」レポートの抜粋です。レポートの全文は文化庁ホームページ上に公開されています。

0.経済循環とは?

文化観光における経済は、短期的な消費価値としてではなく、文化が生み出す価値や社会に対する波及効果として捉える必要がある。

文化観光は、文化を観光サービスや飲食、宿泊、地域コミュニティなどさまざまな他分野と接続し、地域文化を中心とした経済圏を形成する。このとき、価値が高められ大きくなった経済の行く先が、文化の担い手に還元されるかが最も重要だ。

1.経済循環を考える上での問題意識

文化観光は、文化への愛情や人のつながりとともに、文化を起点とした経済圏を生み出す。地域に多くの人を呼び込む観光産業は、飲食や宿泊、移動といったさまざまな経済効果をもたらすが、ただ物が売れればいい、誰かが稼げればいいという価値観は、もはや過去のものだ。

持続可能な観光のあり方は世界的に共通の価値観となっている。観光が生み出す経済が、地域の暮らしや自然、文化に還元され、文化・観光・まちづくりの良好な関係につながっていくのか立ち返る必要がある。

2.文化の利用価値と非利用価値

文化は幅広い人々にさまざまな形で価値をもたらしていく。直接の収益性といった評価だけでは、地域文化が持つ多様な価値を捉えきることはできないし、文化の価値が本来持つ価値を見落としてしまうであろう。歴史的な建造物をホテルとして活用したり、地域文化にちなんだ商品を開発して販売する場合、文化は市場における取引の対象となり、その価値は市場価値で計測できる(利用価値/use value)。

ただし、ここで重要なのは文化が持つ価値をいかに測るかだ。文化の価値には性能や機能性以外の要素として、文化の背景にある思想、歴史など文化をめぐる文脈が大きく影響する。どのような背景があって文化が築かれてきたか、その価値を測るにあたっては、文化が持つ文脈を正しく捉え、経済的にも価値あるものとして伝えていく必要がある。

他方、直接的な経済価値はなかったとしても重要な価値を持つのが文化の特徴だ(non use value/非利用価値)。例えば、日本各地のお祭りは、多数の集客に繋がる観光資源としての価値を持つと同時に、地域住民にとっては、地域の連帯を強め、信頼関係をつくり、規範意識を醸成するといった社会的な価値を持つ。

また現時点で価値を持つかどうかわからないとしても残すべき文化もある。機能的に役割を終えたものとして、古民家が取り壊されてしまったら、その古民家に残るかつての暮らしの記憶やランドスケープは失われ、例えば宿泊施設や店舗などに活用するなどしてそれらを未来につなぐことはできなくなってしまう。

3.地域文化の担い手に届き、地域文化を経済的に支えていく原資

文化観光は、地域文化の固有性に光をあて、文化の担い手の熱量を高めるとともに、観光収入をもって経済的にも文化の担い手を支えていく。その上で観光の生み出す経済が、地域の暮らしや自然、文化に還元されているかどうかの視点を忘れてはならない。

たとえば、レストランでは地域の食材や地元で作られたお酒が出され、器は地域の焼き物が使われる。宿ではリネンに地元のテキスタイルを、窓ガラスには地元のガラス職人の技術を使う。ここの宿で使われた観光収入は地域文化の担い手に届き、地域文化を経済的に支えていくための原資となる。

そして、先に述べたとおり、ここでの観光収入は文化が持つ文脈を正しく捉え、その価値を反映した適正なものであるべきだ。地域文化商社“うなぎの寝床”は、地域が持つ「歴史性」や「思想」、そして地域ならではの固有性を見出す「視点」の重要性を強調する。うなぎの寝床が運営する古民家ホテル「Craft Inn 手 [té]」では、その一つひとつが持つ地域文化が持つ文脈を紐解きながら、藍染や竹細工といったさまざまな地域文化を用いている。

来訪者にとっても、観光で使うお金が地域文化を支えているという感覚を持てることは、文化への貢献意欲を高め、観光客を一消費者から文化の支え手に転換させていく。その意味で、観光収入が地域外に流れず、地域の文化に還元されていくことを可視化すること(エコノミック・ニュートリション)は重要だ。

4.他分野との接続により価値を高め広がっていく経済圏

文化は直接的な経済利益を生まなかったとしても、産業やまちづくりと結びつくことで文化を起点とするさまざまな地域経済圏を作っていく。

たとえば、メディア・テクノロジーを中心に先進的な開発研究を行う山口情報芸術センター(YCAM)は、研究成果や知見を内部で閉じず、いかに広げていくかという点を重視している。YCAMが生み出したメディア・テクノロジーは、外に開かれたオープンソースとして、さまざまなアイディアを持つコラボレーターによって活用され、観光、教育、産業、まちづくりといった分野に接続されていく。その先の接続点が無数の掛け算になり、多様な地域経済圏の広がりをつくっている。

文化観光は、文化の非利用価値を観光に接続して利用価値に転換していく。山梨県富士吉田市の「FUJI TEXTILE WEEK」は、趣ある街並みをいかしたアートフェスティバルを通じて、時代の変遷とともに衰退していく織物文化を外に開くことで新しい織物産業を開拓する。

あるいは、福井県鯖江エリアのイベント「RENEW」は、職人の工房を開いて工房見学やワークショップによる一般の人々との交流を通じて職人の熱量を高め、創造的な産地を作っていく。いずれも、地域文化の本質的な価値を捉え、それを外部に開き触れられるようにし、新たな地域経済圏を創出していく高付加価値化のプロセスだ。

ただし、経済が先行してしまい、観光振興のため、あるいはまちの活性化のための文化という順序となると、文化がその価値を保つのは難しくなっていきかねない。文化は観光振興や賑わい創出のためだけの手段ではないからだ。
YCAMは、研究開発が何かに対して合目的的であってはならないというスタンスにこだわり、研究開発の本質である実験性や先進性を守っている。また「RENEW」は、観光収入を主目的に参加しようとする企業ではなく、持続可能な地域、創造的な産地をつくるという観点からまちの全体のことを考えてくれる出展者とともに実施している。

第六章 経済循環 - 考察
文化・観光・まちづくりによる経済循環が起きていて、それが地域の文化資源や担い手に届いていること

第六章 経済循環 -  インタビュー
地域文化の「つくり手」「つかい手」「つなぎ手」が結びつき新たなる経済循環が生まれる
白水高広(うなぎの寝床代表取締役)

経済効果を生み出す産業やまちづくり。その土壌となる「文化」の価値をつくり出す
菅沼聖・天野原(山口情報芸術センター[YCAM])

文化庁ホームページ「文化観光 文化資源の高付加価値化」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/bunkakanko/93694501.html

レポート「令和3年度 文化観光高付加価値化リサーチ 文化・観光・まちづくりの関係性について」
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunka_gyosei/bunkakanko/pdf/93705701_01.pdf(PDFへの直通リンク)
これからの文化観光施策が目指す「高付加価値化」のあり方について、大切にしたい5つの視点を導きだしての考察、その視点の元となった37名の方々のインタビューが掲載されたレポートです。

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